良質な睡眠のための姿勢制御
「夜、寝返りはしていますか?」
そんなことを患者さんに聞く機会が、最近少し増えました。
というのも、夜間に腰が痛い、よく眠れない、朝から疲れている、といった方をみていると、どうも寝返りが少ない人がおられるのです。
もちろん、寝返りが多ければ多いほどよい、という話ではありません。
寝返りが多すぎる場合には、痛みや呼吸障害、温度などによって睡眠が不安定になっている可能性もあります。
ただ、本来人間は、眠っている間にも身体を動かしています。
一般成人を日常環境で測定した研究では、睡眠中の体位変換は平均すると1時間に約1.6回行われていました。
寝ているというのは、「動かないこと」ではないのです。
では、なぜ寝返りをするのでしょう。
睡眠中にも、身体とベッドとの接触圧は変化します。身体には熱がこもります。筋肉や関節には持続的な負荷がかかります。呼吸のしやすさも姿勢によって変わります。
睡眠と体温調節が密接に関係していることはよく知られており、暑すぎても寒すぎても睡眠構造は乱れます。また、睡眠中の姿勢そのものも体温調節と関係しています。
そう考えると、寝返りというのは単なる「寝相」ではなく、
身体と環境の関係を調整しながら、睡眠を継続するための自動的な姿勢調整
と考えてもよいのではないかと思います。
脳卒中になると、寝返りは減る
ここまでは考え方の話ですが、脳卒中については実際のデータがあります。
2015年に報告された日本の研究では、回復期病棟に入院していた脳卒中片麻痺患者39名について、加速度計を使って睡眠中の寝返りが測定されています。
平均臥床時間は7.3時間。
睡眠中の寝返りは平均12.9回でした。
しかし、そのばらつきは非常に大きく、39人中10人は一晩の寝返りが0回でした。また半数以上が10回以下でした。
対照として測定された健常成人では平均22.3回でした。ただし健常群の平均年齢は22.8歳、脳卒中群は66.9歳なので、この数字をそのまま比較することには注意が必要です。
この研究で、私が特に興味深いと思ったのは別のところです。
研究対象者は、起きている時には全員、見守り以上で寝返りのできる人たちでした。
ところが、
「見守りで寝返る人」「手すりを使えば自立している人」「何も使わず自立している人」
に分けても、睡眠中の寝返り回数には大きな違いが認められませんでした。
つまり、
起きている時に「寝返ることができる」ことと、眠っている時に「自分で寝返る」ことは、同じではない可能性がある。
これは結構重要な話だと思います。
さらに2018年の研究では、片麻痺を伴う脳卒中患者37名について、午後9時から翌朝7時まで腹部に3軸加速度計を装着し、寝返りを測定しています。
軽度障害群(mRS 1~2)では一晩の寝返りが平均25.4回。
これに対して、中等度障害群(mRS 3~4)では平均5.3回でした。
仰向けで過ごした時間も、軽度群248分に対して中等度群382分と長くなっています。そして寝返り回数はBarthel Indexとは正の相関(r=0.704)、mRSとは負の相関(r=-0.603)を示しています。
急性期脳卒中のデータはさらに極端です。
30名をポリソムノグラフィーで調べた研究では、睡眠時間の中央値で100%が仰向けでした。63%の人は睡眠中、一度も側臥位や腹臥位になっていませんでした。重症度の高い人ほど仰向けで眠っている時間が長くなっています。
別の66名の急性期脳卒中患者でも、66.7%が睡眠中ずっと仰向けであり、仰臥位時間とNIHSSには有意な相関が認められています。
ですから、
脳卒中になると睡眠中の姿勢変換が減少することがある
というところまでは、かなり言ってよさそうです。
問題は「動けない」だけなのだろうか
ここからは少し仮説になります。
もちろん脳卒中では麻痺があります。
体幹を回旋させたり、骨盤を動かしたり、下肢を使って身体を押したりする能力が低下すれば、寝返りは難しくなります。
でも先ほど紹介した回復期の研究では、起きている時には寝返りのできる人が、眠ると寝返らなくなるという現象がありました。
だとすれば、
筋力や運動能力だけでは説明できない。
寝返りを、
「身体に生じた変化を感じる」 ↓「今の姿勢を変える必要があると判断する」 ↓「どちらへ、どの程度動くかを選択する」 ↓「身体を動かす」 ↓「楽な姿勢になったところで、また眠る」
という一連の感覚―運動過程として考える必要があるのではないでしょうか。
脳卒中では運動機能だけではなく、体性感覚、固有感覚、身体表象、空間認知などにも障害が生じます。
つまり私は、
寝返りを単なる体幹回旋運動ではなく、身体と環境との関係を調整する運動として考えた方がよいのではないか
と思っています。
もちろん、「感覚や空間認知障害が睡眠中の寝返りを減らす」という因果関係を直接証明した研究を、私はまだ知りません。
ここは今後調べる必要があります。
もう一つ気になるのが「入院」という環境
そして、もう一つ気になっていることがあります。
それは病気だけではありません。
入院生活そのものです。
入院すると、点滴をします。
モニターがつきます。
場合によっては尿道カテーテルもあります。
「安静にしてください」と言われる期間もあります。
ベッド柵があります。
自分で動こうとすると、「危ないからナースコールを押してください」と言われることもあります。
もちろん、どれも医療上必要なことです。
しかし、それが何日、何週間と続いた場合、身体はどうなるのでしょう。
入院患者の身体活動量が非常に少ないことは以前から知られています。
系統的レビューでは、入院患者は時間の87~100%を座位またはベッド上で過ごしており、一般病棟患者が立位・歩行している時間は1日平均約70分にすぎませんでした。
高齢入院患者については、歩行可能な人であっても入院時間の約83%をベッド上で過ごしているという報告もあります。
これは筋力低下だけの問題なのでしょうか。
私は少し違うことも考えています。
「動かないこと」を学習しているのではないか。
もちろん現時点で、これをそのまま「学習された不使用」と呼ぶのは乱暴です。
しかし人間の神経系は、使ったものだけではなく、使わなかったことにも適応します。
毎日、
「ここでは動かない」「ベッドではじっとしている」「動く時には誰かに手伝ってもらう」
という経験を繰り返せば、「自分で身体を調整する」という運動選択そのものが減少しても不思議ではありません。
透析患者さんを見ていても思うこと
このことを考えるようになったもう一つのきっかけが、透析患者さんです。
透析では数時間、ベッドや椅子の上で過ごします。
もちろん身体を動かす人もいますが、ほとんど動かずに過ごす方も少なくありません。
透析患者19名を3軸加速度計で調べた研究では、12時間の測定中、横になっていた時間は非透析日の平均152分に対して、透析日には250分まで増えていました。
歩数も非透析日の7007歩から、透析日には4362歩へ減っています。対照群では8792歩でした。
別の研究でも、透析日は非透析日に比べて座位などのsedentary timeが増えることが確認されています。
ここでも、
「透析をしているから筋力が弱くなった」
だけで説明してよいのかな、と思います。
週に何度も、数時間、
「身体を動かさずに過ごす時間」
を繰り返しています。
これが、透析時間以外の身体活動や、さらには睡眠中の自発的な姿勢調整にまで影響するのではないか。
今のところ、透析中の不動と睡眠中の寝返りを直接結びつけたデータはありません。
ですからこれは仮説です。
でも、調べてみる価値はあると思っています。
そして、リハビリテーションはどうだろう
ここでもう一つ、自分たちリハビリテーションに携わる人間についても考える必要があります。
近年のリハビリテーションでは、課題指向型訓練が重要視されています。
私は課題指向型訓練そのものを否定しているわけではありません。
歩くなら歩く。
立つなら立つ。
実際の生活で必要な課題を、その課題の文脈で練習する。
これは当然の考え方だと思います。
ただ、その流れの中で、いつの間にか、
「立位や歩行こそ重要で、ベッド上で行う運動は価値が低い」
というような受け取られ方をしていないでしょうか。
私が臨床に出た頃には、訓練室に大きなプラットホームがありました。
そこで寝返ったり、這ったり、いざったり、四つ這いになったり、身体をいろいろな方向へ動かしました。
その後、課題指向型訓練が中心的に取り扱われるようになるにつれて、プラットホームを撤去し、歩行練習を中心とする施設も増えてきたように思います。
これは歩行訓練が悪いという話ではありません。
歩くことは大切です。
でも、
人は一日中歩いているわけではない。
そして、毎日かなり長い時間を「眠る」という活動に使っています。
2026年度の診療報酬改定では、離床を伴わず、ベッド上から移動せずにポジショニングや拘縮予防などを主目的とした他動的訓練のみを行う一定の患者について、疾患別リハビリテーション料を90%で算定し、1日2単位までとする仕組みも導入されました。
ここは誤解してはいけません。
寝返りやいざりといった能動的なベッド上動作すべてが減算されるわけではありません。
ただ、制度も臨床も「離床すること」を重要視する方向へ動いていることは確かです。
その方向性自体は間違っていない。
でも、その結果として、ベッド上で自由に身体を動かす経験まで減らしてしまっていないか。
私はそこが少し気になります。
課題指向型訓練なら、「睡眠」も課題ではないか
少し意地悪な言い方をすれば、
課題指向型訓練をするのであれば、
睡眠も生活課題の一つでしょう。
そして睡眠を安定して継続するために、身体を動かし、姿勢を変える必要があるのであれば、
寝返りも立派な課題指向型運動です。
むしろ、
「右を向いてください」
と言われて10回寝返ることよりも、
「腰が少し痛くなった」「背中が暑い」「こちらを向いた方が呼吸が楽だ」
という身体からの情報をもとに、自分で姿勢を変えることの方が、本来の寝返りに近いはずです。
そう考えると、寝返り訓練も少し変わってくると思います。
単に、
仰向けから横向きになる。
それだけではありません。
ベッドの中で上へずれる。
下へずれる。
骨盤を左右へ動かす。
脚の位置を変える。
布団を動かす。
枕との位置関係を変える。
少しだけ側臥位になる。
そこからまた仰向けへ戻る。
身体が楽になる位置を自分で探す。
こうした細かな身体運動も含めて、睡眠中には必要になるはずです。
プラットホームでこうした身体運動のレパートリーを増やすことも必要でしょう。
そして最終的には、実際にその人が眠っているベッド、枕、布団という環境で練習することにも意味があると思います。
それこそ本当の意味でのcontext-specific trainingではないでしょうか。
寝返らないことで、眠れなくなっていないか
そして、ここからもう一つ仮説があります。
寝返りが少なくなる。
すると同じ場所に圧がかかり続けます。
身体に熱がこもります。
筋肉や関節への負荷も持続します。
痛みや不快感が生じる。
その結果、睡眠が浅くなったり、中途覚醒が増えたりする可能性があります。
現在のところ、
「寝返り減少→睡眠断片化」
という因果関係を脳卒中患者で直接証明したデータは、私が調べた範囲ではありません。
だから、ここはまだ仮説です。
ただし、その先についてはかなりデータがあります。
睡眠不足・睡眠制限・睡眠断片化が感情に与える影響を調べた2024年のメタ解析では、154研究、5717人分のデータが解析され、睡眠を失うことでポジティブな感情が低下し、不安症状などが増えることが示されています。
別のメタ解析でも、睡眠不足によってnegative moodが増加し、positive moodが大きく低下することが示されています。
痛みとの関係もあります。
睡眠不足に関する31研究のメタ解析では、睡眠不足によって痛覚閾値や耐性が低下し、睡眠断片化についても末梢・中枢の感作が増えることが示されています。
つまり、
痛いから眠れない。眠れないから、さらに痛くなる。
という悪循環が起こる可能性があります。
脳卒中後には、そもそも睡眠の問題が非常に多いことも分かっています。
2023年のメタ解析では13研究、3886人をまとめ、脳卒中後に睡眠の質が悪い人は約53%と推定されています。
さらに脳卒中後疲労について14研究、3933人を解析したメタ解析では、睡眠障害がある人ではpost-stroke fatigueとの関連が約2倍(OR 2.01)認められています。
もちろん、
「寝返りが少ないから中枢性疲労になる」
とまでは言えません。
脳卒中後疲労には、脳損傷そのもの、炎症、情動、活動時のエネルギーコストなど、いろいろな要因が関与します。
しかし、
睡眠が十分に安定していないことが、中枢性疲労を考える上で無視できない要因の一つ
とは言えると思います。
そう考えると、
「この人は疲れやすい」
「意欲がない」
「すぐ嫌だと言う」
「怒りっぽい」
「ネガティブなことばかり言う」
そんな患者さんを見た時、
少し違う問いが必要なのかもしれません。
「昨夜、この人はちゃんと眠れていたのだろうか?」
そしてさらに、
「夜、この人は自分で身体を動かしていたのだろうか?」
という問いです。
「寝返りができる」だけでは足りないのかもしれない
リハビリテーションでは、これまで寝返りを「基本動作」として扱ってきました。
仰向けから横向きになる。
横向きから起き上がる。
そして座り、立ち、歩く。
つまり寝返りは、次の動作へ進むための最初の段階として考えられることが多かったと思います。
でも、本当にそれだけでしょうか。
寝返りには、
眠るための機能
という、もう一つの大切な役割があるのではないでしょうか。
もしそうなら、
患者さんが歩けるようになった時に、
「寝返りはもうできるから、ベッド上の練習は必要ない」
と考えるのは少し早いのかもしれません。
覚醒して、
「右を向いてください」
と言われれば寝返ることができる。
それと、
眠っている時に、身体の状態に合わせて無意識に姿勢を変えられる。
これはどうやら同じではありません。
だったら、プラットホーム上での寝返りやいざり、そして実際に眠るベッド上でのさまざまな身体運動を、もう一度リハビリテーションの対象として考えてもよいのではないでしょうか。
歩行訓練をやめる必要などありません。
課題指向型訓練を否定する必要もありません。
むしろ課題指向型訓練を本気で考えるのであれば、
「眠る」という生活課題まで考えればよい。
私はそう思います。
歩けるようになった。
トイレにも行けるようになった。
それはとても大切なことです。
でも、もう一つ聞いてみてもよいのかもしれません。
「夜は、ちゃんと眠れるようになりましたか?」
そして、その答えが「眠れない」であったなら。
睡眠薬の話をする前に、
その人が夜、ちゃんと寝返ることができているのか。
そこを一度見てみてもよいのではないかと思います。




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