脳科学の限界と脳損傷リハビリテーションのパラダイムシフト
- Nagashima Kazuhiro
- 1 日前
- 読了時間: 7分
今年も順調にお仕事をさせて頂きました。皆様ありがとうございます。
様々な繋がりの中で、色々勉強もさせて頂きました。
今年は年末に入って、驚くようなニュースが入ってきました。
今年私が最も注目したニュースです。

この研究報告を簡単に紹介します。
1. 研究の主な発見
これまで、fMRIは「脳が活性化すると、酸素を補うために血流が増える」という前提(血流依存性信号:BOLD信号)に基づいて、脳活動を推定してきました。しかし、ミュンヘン工科大学(TUM)などの研究チームが調査したところ、約40%のケースで、fMRIの信号と実際の神経活動が一致していないことが判明しました。
逆の現象が発生: fMRI信号が増加している場所で実際には神経活動が低下していたり、逆に信号が低下している場所で活動が高まっていたりするケースが確認されました。
2. なぜ誤読が起きるのか?
脳は、エネルギー(酸素)が必要になった際、必ずしも血流を増やすのではなく、**「今ある血流からより効率的に酸素を取り出す」**ことで対応する領域があることが分かりました。
fMRIは血流の変化を見ていますが、脳が血流を増やさずに酸素消費効率だけを上げた場合、fMRIでは活動の変化を正しく検出できない、あるいは誤って解釈してしまうことになります。
3. この研究がもたらす影響
この発見は、これまでに行われた数万件のfMRI研究の解釈に疑問を投げかけています。
疾患研究の再評価: うつ病やアルツハイマー病、老化に関する研究において、「血流の変化」を「神経活動の異常」と解釈してきましたが、実際には(加齢などによる)血管系の違いを見ているだけである可能性があります。
解釈の逆転: 研究者は、「これまでの研究結果の多くが、実際とは正反対の解釈を導き出している可能性がある」と指摘しています。
4. 今後の展望
研究チームは、単なる血流の変化ではなく、「酸素消費量(エネルギー代謝)」を直接測定する新しい定量的なMRI技術を併用することを提案しています。これにより、より正確に脳の働きや精神疾患のメカニズムを理解できるようになると期待されています。
一言で言うと: 「脳が活性化すると血流が増える」という従来の定説は必ずしも正しくなく、fMRIのデータは4割近い確率で脳の活動を読み違えている可能性があるため、今後の脳研究の手法が見直される必要がある、という内容です。
衝撃的ですね!
脳損傷リハビリテーション研究のひとつの手法として、fMRIをよく利用しています。
脳損傷後リハビリテーションにおいて血流変化を“機能的再編成”と結びつけた初期の代表的研究のひとつを紹介しますね。
題名がFunctional reorganization of the brain in recovery from striatocapsular infarction in man(ヒトにおける線条体被蓋部梗塞からの回復過程における脳の機能的再編成)です。この研究はPETを利用して血流を見ているわけですが、血流の変化を脳の機能的再編成と結びつけてその因果関係を見ようと試みたものなのです。多く引用されている研究ではあるのですが、先の報告を考えると、そもそも脳活動と血流変化の間には関係はあるものの、それを一対一の因果関係として扱うことには限界がある訳ですから、その先にある血流変化のデータを脳の機能的再編成に結びつけるのは論理的に無理であるという事になりますね。
(^_^;
まぁ、だからといって、この報告の結論が違うという事にはならないことにも注意は必要です。
さて、PTやOTに身近なところの例を挙げますね。
CI療法の領域でもこうした研究は活発におこなわれていました。
ちょっと古いですが、Edward Taub(1993~2000年代)の研究が元祖と行って良いのかも知れませんが、これは、
内容としては
脳卒中後片麻痺患者にCI療法
介入前後で fMRI を実施
損傷側一次運動野(M1)の賦活拡大を報告
と云ったかたちです。
血流の増加をM1の賦活拡大と考えたのですね。
勿論、介入後の臨床像の変化はあったわけですから、効果はあるという事に間違いは無いものの、その神経生理学的裏付けとして血流増加をM1の賦活拡大と読み解いたところは根拠に乏しいという事になります。
こうしたところには再検証が必用なのだろうと思うのですね。
ボバースグループも古くからfMRIによる研究はしています。
私の感じる結論としては、ボバースの本質をfMRIで説明しようとするのは無理だという事なのです。(^_^;
fMRIで見ることのできる血流の変化の多くは表層に限られていて、深層の解像度はまだ低いです。
また、そもそもボバースが問いかけている姿勢制御であるとか自動調整というのは環境変数の中でリアルタイムに起こる大脳基底核や脳幹の働きを含むシステムの中にありますので、それをfMRIという機械の中に入ってそれらの変化を見ようというのはそもそも難しいと思うのですね。
さて、その他諸々の研究は再検討が必要という事になりますね。(^_^;
さて、現在の工業技術のレベルでは、環境に応じてリアルタイムに変化する人間の行為や動作というものを脳の活動に結びつけて解釈することが可能なような機器は存在していません。
それは現代の脳科学の限界と表現しても良いのかもしれません。
fMRIの事について解説を試みてきたのですが、実は、その他の領域も似たようなことが沢山有ります。
fMRIの問題は、決して一つの計測技術に限った話ではないのです。
例えば、急性期の(超)早期リハビリテーションに関しては病理学的に考えるとRISKが高いものですが、最近では個別に状況を診てという事にはなっていますが、なぜか推奨されていますよね。これなどは身体機能の変化と脳機能の関連が充分解っていないためではないかと思っています。また、現在の医療ではおおよそ6ヶ月でリハビリを打ち切る形になっていますが、脳の可塑性というものは6ヶ月以降も続く事が解っているにもかかわらずこうした制度が残っています。これは医療経済的な問題も含まれているのではありますが、脳の可塑性というのがどの様に行動や運動の変化に結びつくのかと言った部分での知見が少ないことに起因している可能性があります。
その他枚挙にいとまはないのですが・・・
すると、脳科学的な脳損傷リハビリテーションの指標は何処におくべきかという問題が出てきそうですよね。
現存する科学というのは、脳損傷リハビリテーションの方向性を決定するには情報が乏しすぎるのだろうと思うのです。
で在れば、私たちはどの様に振る舞えば良いのかという疑問が出てくるのではないかと思います。
そのためには、科学がどの様に発展してきたのかを知っておく必要があります。
科学とは、ある現象を理解するために、観察し、推論を立て、実験により検証して発展してきています。それはこれからも続くでしょう。
それを踏まえた上で私が考えるに、現在解っている科学的な情報を脳損傷リハビリテーション上用いる手段の根拠とするのは時期尚早であるので、理解されている科学的な情報の不安定性を前提においた上で、個別性を重視しつつ、それぞれの患者さんに起きている障害という現象について推論(仮説)をたて、それを介入方法により検証していくといった仮説検証作業が最も科学的なアプローチになり得るのではないかと思うのです。
つまり私たちPTやOTは、科学的な根拠に依存するのではなくて、仮説検証作業という科学的作法を用いることで科学的根拠を作る側に存在すべきだと思うのです。
2025年もほどなくおわかれとなります。
2026年にはさらに発展した脳科学的知見が数多く出てくるものと思いますし、それを期待しています。
そして、脳損傷リハビリテーションの発展と共に、障害に苦しむ方々が少しでも楽しい人生を歩むことが出来ることを祈っております。
それでは良いお年をお迎えくださいね。
(*^_^*)



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