通常、1+1=2ですね。
だけど、1+1=1の場合もあり得ます。
例えば温度です。
40°のお湯と40°のお湯を足した場合、80°のお湯は出来ないですよね。
この場合は、
40°+40°=40°という計算が温度というメジャーの中では成り立ちます。
メジャーがはっきりしないと、1+1=1といわれたらうっかり否定してしまいそうです。
何をみるためにこの計算式を用いているのかと言うことで答えは変わると言うことです。
液体で言えば、量的な側面であれば、1+1=2が成り立っていて、温度という液体の質的な側面で言えば1+1=1が成り立つという事になります。
実は脳損傷に限らず、人の身体の動きはメジャーがはっきりとわかっていないのです。
筋力もそうだという話は以前に取り上げました。
ADLもそう。
結果しかわからないのです。その結果でさえも量であるのか質であるのか判断が付きにくい。
リハビリテーション医学においてはメジャーがあいまいなのに科学性というものを求められています。困りますね。
リハビリ医療を取り巻く社会の中で、メジャーがないのに推奨されたり否定されていることは多いように思います。
例えば、前回のスケボーの記事を読んでいただければわかると思いますが、運動学習は1~2日の休息を入れても持続します。或いは休息の後、急に出来ることが増えたりすることもあります。
そういったことも踏まえ、私見ではあるけれど「365リハ」はメジャーがないのに導入された典型的なものだと考えられます。
導入する際はどのような機序で「365リハ」が効果的と考えられるのかといった論議はほとんどみられなかった。しかし、推奨されたのです。
現在まで様々な論議がありましたが、結果はまだはっきりしていません。
しかし、まだ推奨されています。最近ではこの話題に飽きてきたのか論文も減少しています。
最近の新型コロナに例えると、「この薬、ワクチンかどうかわからないけど効果ありそうだからこの薬を毎日打っちゃえ」的な暴力的な思考だと思います。(ファイザー社製のワクチンを否定しているのではありませんよ。あれは量も使用方法も最大の効果を出すために検討されていますし、制作の段階でもきちんとした理論から制作されているはずです。)
そんな理屈も何もほとんど無いことを推奨しておきながらEBMと呼ばれる指針を守るように医療情勢は動いていたりします。
二枚舌ですね。すこし腹が立ちます。
だけど、しっかりしたメジャーとEBMを構築するのは難しいでしょうね。
意識というものの定義やそれに関わる神経回路などがまだ議論されている最中ですし、脳のネットワークは必ずしも神経とシナプスだけでは無いとの報告も出てきている現在、脳のことはほとんどわかっていないと言って良いのです。
結果意識的な動きと日常で起こしている私たちの活動の関連性もわからない。筋骨格系のこともすべてがわかっているわけではない。
リハビリを行う際、受ける際はそんな中の曖昧なメジャーとそれから導き出されたEBMである事を意識して置く必要があると思います。
そんな中で、情報収集-観察-分析-介入によって臨床的な推論を組み立て、アプローチを展開することが私たちに出来るすべてでは無いかと思います。そしてそれはきっと大きな力なのだと思うのです。
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