ロコモーションは、生物の生存に直結する基本的な能力です。
移動ができなくなると言うことは、多くの自然界の生物にとって死と直結します。従って、ロコモーションを失うことは本来、不快な状況なのでは無いかと思うのです。このことは、移動を失ったという不安とともに、歩行を(再)獲得する、あるいは歩行ができると言うことだけで安心できる(報酬物質がでる)という事もあり得るのでは無いかと思ったりします。
人は、進化の過程で二足直立位での歩行という移動方法を可能になった種が存続してきました。
二足歩行は、人間という種に独特な物です。ほかにも短時間に二足歩行をする動物はいます。サル、ゴリラなどの猿人類。猫や犬も時折二足歩行をします。
しかし、それを通常の移動様式として使用することはありません。
構造的に二足直立位をするためにはいくつかの条件があるのだと思います。
例えば、頭蓋骨の下部に脊髄をつなげる孔があること。これは、脊椎が垂直になった際に自然に頭部(眼球)が前方を向くことができるためには大切な構造敵特徴です。例えば大後頭孔が頭蓋骨の後ろ、眼球の後方についていたらどうでしょうか?脊柱が水平であれば、眼球は前方の環境を視覚で捕らえることが可能ですが、脊柱が垂直に近づけば構造的に空を見ることになって、前方の環境情報は入りにくくなります。これではすぐに食べられちゃいそうですよね。そういった個体が存在したとしても、進化の過程で淘汰されることだったでしょう。
あと、骨盤の形態。幅が広くなることで、左右の重心動揺に対して対応しやすくなります。また、上下が短くなることで重心が低くなり、重心動揺が減少します。
脊柱やほかの部分にも様々な特徴があるのですが、こういった構造的な条件は大切です。
あれ?
ペンギン・・・
ペンギンは二足歩行ですねぇ・・・。
いや泳ぐのが本来の移動なのか?
いや、まぁ。ペンギンについての考察はまたいつか気が向いたときに・・・
(^_^;)
ともかく、こういった進化の過程で二足直立と言った構造的な変化を持つ個体が存続したわけです。すると、同時にその構造を駆動する中枢神経系も、それまでの構造を踏襲しつつ、さらに拡張するように変化をしてきています。その「脳」の働きはどうなっているのでしょうか?
脳には、歩行誘発野と言われる場所があります。
中脳歩行誘発野(MLR)、視床下部歩行誘発野(SLR)、小脳歩行誘発野(CLR)などの歩行誘発野が同定されています。私が一番初めに歩行誘発野のことを聞いたのは猫の実験で人ではまだ同定されていない時期だったと記憶しています。
だけどさすがに動物の進化。確り人もこういったシステムがあって、ちゃんと利用しているのです。
下の図は猫でSLR/MLR領域を刺激した際の反応を図示したものです。
SLRの刺激で、猫は警戒したような歩行を開始しています。
MLRの刺激で、猫は歩行を開始し、障害物があると飛び越えたりしているようです。
図のPPNというのは、脚橋被蓋核。Ach系です。Achはここでは抑制性に働きますので、脊髄の興奮性を抑制することで、MLRの活動を抑制します。
つまり、これらの歩行誘発野が興奮して脊髄レベルのCPGを刺激することになると、基本的には移動のプログラムが自動的に発動することになります。それを調整しているのが基底核のPPNへの出力という事ができるでしょうか。
不思議ですよね。歩行はかなり自動的に行われる神経的なメカニズムに支えられているわけです。
ここで、いつも面白いなと思うのは、例えば、歩行などの移動が基本動作能力とされて、上肢の活動を含むと応用動作と言われますよね。語感から言えば、応用動作がより高い認知機能を必用としている感じがしますが・・・。だけどですね。歩行はもっと高度に自動化された認知機能に支えられているはずなんですよ。自動ドアと普通のドア。どちらがより複雑な情報処理を必用としているかを考えると言うまでも無いだろうと思ったりします。実際、歩行機能と認知機能の関連性が強いことは現代の科学で既に指摘されているところです。
歩行が高度な神経学的な基盤を持っていて、自動性が高いため,移動そのものに注意を払う必要が無いので、動物として生存してきたのだと言えるでしょう。
ずいぶん前に、アルツハイマーの方で、比較的広範なMCA領域の梗塞を起こされた方を担当したことがあるのですが、その人は、きっかけを作ると普通に歩かれたりしていました。もちろん、皮質の制御が必要になるタイミング、座る椅子に近寄ったり曲がり角に近寄ったりしたときは、いきなり崩れてしまったりしたのですけれど。
まぁ、通常、脳卒中で、SLRが損傷することはあるかもしれませんが、MLRは残っていることも多いですよね。おそらく、MLRが機能していたのだと思います。
ただ、それでも、やはり脳梗塞などを起こすとMLRが残っていても歩きにくい方は大勢いらっしゃいます。
これらはいくつかの問題が関係していると推測することができます。
ひとつは、基本的な姿勢制御ができないため、すぐに転ぶような場合ですね。
また、麻痺があるという認識(意識?注意?記憶?)は、歩行運動のシステム駆動のための情報選択にバイアスをかけて自動的なシステムを利用せずに随意的な下肢の運動制御によって歩行をされるような場合など想定できます。こういった場合も歩行はしにくくなるものと思われます。
ほかにも、基底核ループがMLRに投射しているので、基底核ループの損傷では、適切な情報をMLRに伝達できない場合もあるでしょう。
さらに、歩行開始の1歩目はまだ、歩行誘発野~CPGの駆動では無く、皮質による運動制御が必要なため、ここで失敗していると、うまく歩行誘発野~CPGといった自動性を持つシステムが利用できないという場合もあります。
これだけじゃ無いと思いますが、これらのことも影響しているのは間違いないのでは無いかと思います。
とりあえず、歩行誘発野、特にMLRから脊髄CPGまでの損傷が無い場合は、本来、ある程度自然な歩行ができる可能性があることと、歩行が本来あるべきマルチタスク下でサブシステムとして、無意識に、あるいはあまり強く意識せず歩くことができない場合、麻痺があるからという理由では無く、何かしらのシステム上の不具合が存在していて、本来あるべき能力が発揮できていないと言うことを想定した方が良さそうな気がします。
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