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流し目とサリエンスネットワーク

9月27日
読了時間: 7分

――目は口ほどに「脳」を語る?



先日、高市首相がトランプ大統領に「流し目を送った」などという話を目にしました。

それが本当に流し目だったのか。

色目だったのか。

単に横を見ただけなのか。

そんなことは、まあ、どうでもいいのです。

ただ、

「流し目って、脳の中では何が起きているんだろう?」

と考え始めると、これが意外に面白い。

見たい。でも、露骨には見たくない

例えば、少し気になる人が横にいるとします。

見たい。

でも、顔ごと向けてじっと見るのはちょっと恥ずかしい。

すると顔は前を向いたまま、眼球だけがそちらへ動くことがあります。

これを第三者が見ると、

「あ、気になっているな」

と感じるかもしれません。

これが意図的に使われれば、いわゆる「流し目」になるのでしょう。

でも、こうした眼球運動は性的な場面だけで起こるものではありません。

例えばホラー映画。

主人公の横に、何かがいる。

怖い。

見たくない。

でも、何がいるのか確認しなければならない。

顔は動かない。

身体も固まっている。

ところが、目だけがゆっくり横を向く。

ホラー映画では、こうした眼球運動をアップで撮る演出がよくあります。

なぜ怖く見えるのでしょう。

おそらくそこには、

「見たくない」

という抑制と、

「どうしても確認しなければならない」

という強い注意との競合が見えているからです。



脳には「重要だ!」と知らせるネットワークがある

ここで登場するのが、

サリエンスネットワーク(Salience Network)

です。


サリエンスとは簡単に言えば、

「その情報が、どれだけ重要か」

ということです。

自分の名前を呼ばれた。

後ろで大きな音がした。

美味しそうな料理が目に入った。

好きな人が現れた。

暗闇で何かが動いた。

こうした刺激は、周囲にある無数の情報の中から、急に重要度が高くなります。

サリエンスネットワークの中心としてよく挙げられるのが、

  • 前部島皮質(anterior insula)

  • 背側前帯状皮質(dorsal anterior cingulate cortex)

です。

このネットワークは単純な「視線発生装置」ではありません。

むしろ、

「これは重要だ。処理資源をこっちへ回せ」

という信号を出し、注意ネットワークや認知制御系、さらに運動系を動員する仕組みとして考えた方がよいでしょう。

つまり、

「見ろ!」

と眼球に直接命令するのではなく、

「あれは無視するな」

と脳全体に知らせるような働きです。



一方、基底核は「何でも動かせばいい」とは考えない

ところが人間は、重要なものを見つけたからといって、すぐそちらへ顔や目を向けるわけではありません。

ここで基底核が登場します。

基底核は運動を作り出すだけではなく、

どの運動を通して、どの運動を止めるか

という選択に深く関わっています。

眼球運動にも基底核は関与します。

特に重要なのが、

尾状核 → 黒質網様部(SNr)→ 上丘

という回路です。

上丘は、対象へ視線を向けるサッカードなどの定位運動に重要な中脳の構造です。

ところが普段、黒質網様部は上丘を持続的に抑制しています。

つまり大ざっぱに言えば、

「勝手に目を動かすな」

というブレーキが常にかかっています。

そこで、ある対象を見る必要が生じる。

すると尾状核などを介して黒質網様部の活動が一時的に抑えられます。

黒質網様部が上丘にかけていたブレーキが弱くなる。

すると、

上丘が解放され、眼球運動が出る。

いわゆる「脱抑制」です。

非常に基底核らしい仕組みです。



「見るな」という回路もある

もちろん反対方向の仕組みもあります。

基底核には、直接路だけでなく間接路、さらに皮質から視床下核へ素早く信号を送るハイパー直接路があります。

かなり単純化すると、

直接路→ ブレーキを外す→ 運動を通す

それに対して、

間接路・ハイパー直接路→ ブレーキを強める→ 運動を止める

という方向に働きます。

眼球運動についても、

「今、その対象へサッカードしてよいのか」

という選択に、基底核―上丘系が深く関与しています。

だから私たちの脳の中では、

「重要だから見ろ」

と

「今は見るな」

が同時に成立することがあります。



そこで「流し目」が出てくる?

ここからは少し仮説的な話です。

流し目を、単純な一種類の眼球運動として定義することはできません。

それでも行動として考えるなら、

高いサリエンスによる定位要求と、社会的・状況的な運動抑制との競合

として捉えることができそうです。

例えば、

「あの人が気になる」

サリエンスネットワークは対象の重要度を上げる。

↓

注意が対象へ引き寄せられる。

↓

眼球運動系は対象へ定位しようとする。

しかし同時に、

「露骨に見るのはまずい」

という社会的判断が働く。

↓

頭部を大きく回旋するような定位行動は抑制される。

それでも注意そのものは対象から離れない。

↓

結果として、

顔や身体は正面を向いたまま、眼球だけが対象方向へ動く。

これが第三者には、

「ものすごく気になっている」

ように見える。

面白いでしょう。



ホラー映画も同じなのかもしれない

ホラー映画では少し内容が変わります。

好きだから見たいのではありません。

怖いから見たくない。

しかし、

危険だからこそ確認しなければならない。

ここでもサリエンスは非常に高い。

「見るな」

と

「見ろ」

が同時に存在します。

だから、

身体は逃げようとしている。

頭もそちらを向けたくない。

それなのに、

眼球だけが探索を始める。

と考えると面白い。

視線とは、もしかすると身体全体による探索行動よりも先に出てくる、

非常に小さな探索行動

なのかもしれません。



では、高市さんの「流し目」は何だったのか

ここで最初の話に戻ります。

仮に高市首相の眼球がトランプ大統領の方向へ動いていたとしても、それだけで、

「色目を使った」

とはもちろん言えません。

例えば英語を直接理解しようとしていれば、

「今、この人は何と言った?」

という情報の重要度は高くなるでしょう。

すると発話者の顔、口元、表情、身振りへ注意が向くことも十分考えられます。

つまり同じ眼球運動でも、

「好意」

「警戒」

「情報収集」

「発話理解」

「単純な視覚探索」

など、原因はいくつも考えられます。

眼球運動を一つ観察しただけでは、その内的状態を決めることはできません。



そして最後は「環世界」の話になる

さらに面白いのは、

それを見ている私たちの側です。

同じ映像を見ても、

ある人は、

「流し目だ」

と思う。

別の人は、

「相手の話をよく聞いている」

と思う。

また別の人は、

「警戒しているように見える」

と思うかもしれません。

人間は他者の視線、頭部方向、身体方向から、その人の注意や意図をかなり積極的に推測します。

でも、そこで生まれた「意味」は、眼球そのものに書いてあるわけではありません。

観察者が持っている経験、知識、感情、社会的文脈などを使って、

脳が意味を作っている。

同じ眼球運動。

でも、見ている人によって意味が変わる。

結局これは、

それぞれの人が、それぞれの環世界を見ている

という話にもなります。

最初はただの「流し目」の話でした。

ところが少し考えてみると、

サリエンスネットワーク。

基底核。

黒質網様部。

上丘。

眼球運動。

運動抑制。

注意。

探索行動。

そして環世界。

全部つながってしまいました。

脳科学って、こういうところが面白い。

日常のどうでもよさそうな現象を少し掘ってみると、

その奥で、

ものすごく複雑な神経系が、見るか、見ないかを決めている。

「目は口ほどに物を言う」

と言います。

でも正確には、

目は口ほどに「脳」を語る。

なのかもしれません。

もっとも、その「語った内容」をどう解釈するかは、

また別の脳の仕事なのですが。

(⌒-⌒; )



ところで。

サリエンスネットワークと姿勢制御は関連性が強いのです。

サリエンスネットワークは前帯状皮質を含むネットワークで、前帯状皮質は皮質橋路を持っているのです。

つまり、サリエンスネットワークが強く働く時、姿勢制御としては、抗重力的な活動が起こりやすい構えが生じるということになりますね。

この辺りはまたいずれ。

( ◠‿◠ )

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