大脳基底核の2つのモード
- Nagashima Kazuhiro
- 2025年8月14日
- 読了時間: 5分
このプレスリリース(表題にリンクが張ってあります)は、大脳基底核の働きにおいて生得的な行動をする際と学習された行動をする際、大脳基底核は2つの異なる言語(情報コード)を使用していると言った研究報告なのです。
この報告の概要を書きますね。(*^_^*)
1. 二種類の「神経言語」で運動を制御
基底核(特に被殻の一部である**外側背側線条体(DLS))**は、学習によって獲得された運動と、本能的・自然な動き(例:歩行やグルーミングなど)を、**まったく異なる「神経コード」**で制御していることが判明しました。
2. DLSは学習運動には必須でも、自然な運動には不要
実験では、ラットの DLS に損傷を与えると、レバーを押すといった学習済みの動作はほとんどできなくなりましたが、歩行や探索などの自然な行動には影響がありませんでした。
3. 神経活動のパターンが動作ごとに全く異なる
微小電極による記録から、学習運動時と自然運動時では、動作を反映する神経活動(運動動力学的コード)が明確に異なることが確認されました。まるで基底核が「異なる言語」を話しているかのようだったと研究者は述べています。
4. 基底核は「能動的に制御する時」と「観察者として留まる時」を切り替える
この研究により、基底核は場合によっては**運動を能動的に制御する“演者”となり、またある場合には“観察者”**としてただ動きを見守る役割に切り替える可能性が示唆されました。
5. パーキンソン病などの運動障害との関連
この「二重コード機構」は、人間でも保存されていると考えられており、パーキンソン病で見られる誤った基底核の信号の混乱は、「全く意味不明な“言語”で強力に話しかけてくる」ようなものだ、と研究者は指摘しています。このことが、運動障害の症状につながっている可能性があります。
興味深いですね。
この2つのコードは、
・生得的行動発現言語/コード(null code)
発火はしているが動作制御に寄与せず、低活動・疎発火・同期性も弱い
下流(CPG等を含む運動出力系)はこのコードを「解読」しない
・学習言語/コード(learned movement code)
DLS(背外側線条体)が能動的に制御する発火パターン
発火のタイミングや順序が動作のキネマティクスと密接に一致
強い同期性と安定したシーケンス構造を持ち、下流の運動制御回路が解読できる
習得期と遂行期では可変性は違うが、コード体系自体は同じ
と言ったものです。
このプレスリリースを読んで思ったのは、この2つのコードの切り替えになにかしらの情報が必要で在ろうという事なのです。
どういった情報がどの様にコードを切り替えているのか、ちょっと考えてみたくなりませんか?(*^_^*)
生得的行動モードで行動している際に、なにかしらの事象を知覚して学習モードに切り替わる必要があるわけです。
通常、以下のような条件の時だと思うのですね。
1.
環境変化の検知
視覚・聴覚・体性感覚などから、予測していない刺激が入る。
例:歩いているときに急に車が飛び出してくる。
処理経路
感覚野 → 前頭前野・SMA → ハイパー直接路(皮質→STN) → 現行の自動行動を停止 → 学習コードへ移行。
2.
課題目標や報酬条件の変化
報酬の位置や取得条件が変わる、ルールが変更される。
例:レバー押しの間隔条件が突然変わる。
処理経路
側坐核や腹側線条体(報酬系) → DLSへのドーパミン入力(SNc)増加 → 学習コードに切替。
3.
感覚運動誤差(予測と実際のズレ)の検出
小脳や頭頂連合野が「予測通りに動けていない」ことを検出。
例:手を伸ばした位置に物がない。
処理経路
小脳→視床→前頭前野/SMA → STN・線条体 → 学習コードに切替。
逆に学習モードから生得的行動モードに切り替わるのは、こうした環境条件や課題報酬条件が安定したとき、或いは、感覚運動誤差が解消された時というわけです。
基底核の構造を改めてみてみます。

この二つの言語を持ち、それぞれのモードを切り替えているのは、背側線条体(尾状核/被殻)ということらしいですね。
すると、環境変化や課題目標の変化などの皮質からの情報がドーパミンとアセチルコリンのフィードバックを変化させてモードを切り替えているのかもしれないですね。
ハイパー直接路は、モードを切り替える際にいったんそれまでの行動情報をストップ(行動自体を止めるのかどうかはまた別の問題だとおもいます)させることで、モードの切り替えをスムーズにする働きがありそうですね。
さて、いずれにしても基底核の学習においては、なにかしらの変化が必要だという事になるのだと思います。
学習モードに置く必要があるわけですからね。
そうした意味合いから、セラピー自体も同じ事の繰り返しにならないように、常に工夫が必要だという事になりますね。
(*^_^*)
ところで、この考え方をリハビリテーションに導入したとして〜私はかつてそういった事を教わったのではありますが、現状そうしたアプローチは余りメジャーではないのかもしれませんので、仮に導入したとして。
エビデンスのためには実験をする必要があるかとは思うのですが、常に環境や課題を変化させる事って、実験デザインがかなり難しそうですね。(^_^;



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