リハビリテーションの目的と探索行動
リハビリテーションの目的というと、「全人的復権」という言葉を思い浮かべる人も多いのではないでしょうか?
「全人的復権」とは、病気やけがなどによって尊厳や権利を傷つけられた人が、人間らしく生きる誇りや、自分らしい生活を再び取り戻すこととされています。
ここで一つ問題になるのは、
「人間とは何か?」
という、かなり根源的な疑問です。
ここに答えが出せなければ、「人間らしく生きる」という言葉そのものが、少し曖昧になってしまいます。
ところが、この答えを導き出すのは簡単ではないのですねぇ。(^^;;
かつて、マイケル・ガザニガという神経科学者が書いた『人間とはなにか』という本を読みました。
非常に大雑把に、その内容を私なりにまとめてみます。
ガザニガは、人間も他の動物と同様に、環境から情報を取り込み、非意識的な神経処理によって行動していることを指摘しています。
人間だけが、動物とはまったく別の原理で行動しているわけではありません。
一方、人間で特に発達したのが、
行動する→自分の行動を意識する→「なぜ私はそうしたのか」を解釈する→一貫した物語にする→その物語が記憶・価値判断・社会的規範となる→次の行動選択に影響する
という循環です。
私は、この考え方にはかなり納得しています。
さて、そうするとですね。
「全人的復権」を考えるとき、そのもっとも基本的な部分には、人間である以前に「動物である」という事実が存在することになります。
そして動物である以上、生存や種の保存という生命としての基本的な命題から逃れることはできません。
そこで関わってくるのが、ホメオスタシス(生体恒常性)です。
生命は自分の状態を一定に保とうとします。
ところが、環境そのものは常に変化しています。
つまり生命は、変わらないために、変わり続けなければならない。
『エヴァ』では「トランジスタシス」という言葉が使われていましたし、脳科学者の毛内拡先生は、これを「恒常的無常」と表現されています。
私は、この「変わらないために変わり続ける」という生命の仕組みを考えていくと、その重要な行動原理の一つとして**「探索行動」**が浮かび上がってくるように思うのです。
生きるために食べ物を探す。
安心して休める場所を探す。
危険を避けるために周囲を探索する。
仲間を探す。
子孫を残すために相手を探す。
そして環境が変化すれば、また新しい環境を探索する。
動物は、生きている限り何らかの形で環境を探索し続けています。
これは、私だけの思いつきというわけでもありません。
感情神経科学を切り開いたJaak Pankseppは、哺乳類の基本的な情動システムの一つとしてSEEKING systemを提唱しています。
PankseppのSEEKINGに関する議論を読んでいると、探索は単に「何かを探す」という個別の行動ではなく、動物を環境へ向かわせ、資源や情報を求めさせる非常に基本的な神経システムとして捉えられていることが分かります。
つまり、「探索する」ということは、生命活動にとってかなり根源的な意味を持っているようなのですね。
地球には時間の経過があり、生命は大なり小なり、その時間の影響を受けています。
環境は常に変わります。
その変化する環境の中で恒常性を維持するためには、環境から情報を得て、自らの行動を変えていかなければなりません。
そう考えると、
変わらないために変わり続ける「恒常的無常」は、探索行動によって支えられている
と考えることもできるのではないでしょうか。
そして、人間らしさというものが、こうした動物としての探索行動の上に成立しているのであれば、リハビリテーションにも別の見方が生まれてきます。
つまり、
探索行動を引き起こしうる身体性を取り戻すこと。
これが非常に重要なのではないか、ということです。
ここでいう身体性とは、単なる筋力や関節可動域のことではありません。
身体と脳を含めて、環境へ働きかけることのできる状態です。
立てる。
歩ける。
手を伸ばせる。
周囲を見ることができる。
もちろん、それらも大切です。
しかし、それだけではなく、
「立ってみようかな」「ちょっと歩いてみようかな」「あそこに何があるんだろう?」「外に出てみようかな」
と思えること。
つまり、「できる身体」だけではなく、
「探索したくなる身体」
を取り戻すことです。
リハビリテーションは、医学的リハビリテーション、職業リハビリテーション、社会リハビリテーションなどに分類されています。
しかし、それぞれが独立して存在しているわけではありません。
運動・行為・認知・職業・社会参加などは、互いに影響し合う非線形な関係にあります。
そして私は、その複雑な関係のさらに土台に、
「探索行動」と、それを可能にする「身体性」
が存在するのではないかと考えています。
医学的リハビリテーションによって身体が変わる。
身体が変わることで探索できる世界が広がる。
探索することで新しい環境や人と出会う。
そこで新しい経験をする。
その経験が価値判断や物語を変え、さらに次の行動を生み出していく。
そう考えると、医学・職業・社会というリハビリテーションの分類も、実は一つの連続した流れとして見ることができます。
リハビリテーションの目的である「全人的復権」。
それをもう少し生命の側から眺めてみると、
「もう一度、自分から世界を探索したくなる身体を取り戻すこと」
そんな表現もできるのではないかと、私は考えているのです。

写真は、先日「秋」を探しに出かけた時のもの。
近年、温暖化で秋がなくなると言われていますけれど。
少なくとも、今、山陰には秋が訪れていますよ。
( ◠‿◠ )



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