ライディングと神経科学
バイクを手足のように扱うとは?
ライディングが上手な人を「バイクを手足のように扱う」と表現することがあります。
憧れますよね。そんなライディング。
この表現は、単なる比喩ではなく、神経科学的にも興味深い意味を持っています。
そもそも脳という臓器にとっては、手や足も脳の外部にある運動の実行器官です。
つまり、脳は手足(身体)そのものを直接認識しているわけではないのです。
視覚・触覚・体性感覚・圧覚や振動覚、そして前庭感覚などの情報が脳に届くことで、それらを統合して身体の状態を推定しながら運動を制御しているのです。
さらに、運動の結果として得られた、変化した感覚情報を利用して、その制御の仕組みを更新しています。
そうすると、手足を動かすことと、バイクを操作することには、共通する神経機構があるのではないかと考えることができますね。
( ◠‿◠ )

身体図式は道具にまで拡張される?
私たちの脳には、地球重力環境の中で自分の身体各部位がどこにあり、どのような状態であるのかを無意識下に把握する仕組みがあります。神経科学の分野では、これを「身体図式」と呼んでいます。
1996年。入來篤史らは、サルに熊手を使わせる実験で、道具の使用によって身体周囲の空間に対する神経細胞の反応が変化することを報告しました。
さらに2009年、Cardinaliらは、道具を使った後に、上肢の運動特性や身体の長さに関する知覚が変化することを報告しています。
つまり、身体に関する神経表現は、固定されたものではなく、道具の使用によって変化する可能性があるのです。
私個人は、道具を身体図式に取り込むような情報になるのではないかと思っています。
「拡張された身体図式」とでも言えますね。
脳は操作と結果の因果関係を推測し学習する
では、ライディングが上達する際、脳では何が起きているのでしょう?
例えば、「気持ちよくコーナーを走れたらいいな」という情動(気分)が生まれたとしましょう。(ここは何でもいいです、前に追いつきたいとか、ぶっちぎってやりたいとか(^^;;)
もちろん、ここでは情動(気分)なので、実は言語化されていません。(^^;;
そうした情動や動機づけには、前頭前野、辺縁系、側坐核を含む腹側線条体などの神経ネットワークが関与しています。

そうした情動(気分)などの情報は、行動の目的に応じて基底核や運動関連皮質などが強調し、運動の計画と実行に関わります。
その際には、身体図式や、それまでの経験で獲得した車体の特性に関する情報が利用されると考えられます。
乗車姿勢の変化・ハンドルへの入力・荷重の変化・スロットル操作・ブレーキ操作・クラッチ操作などなどによって、バイクは反応を変えます。
脳は、手足に運動指令を出すと同時に、その指令によって生じる結果を予測します。
この予測と、その結果の検証には、「エファレンスコピー」が利用されます。
簡単に言えば、前頭葉で作られた運動出力情報は運動の効果器である身体に送られるだけではなくて、頭頂側頭連合野や小脳などにも送られ、そこで運動出力結果を予測し、さらに運動の結果生じる感覚の変化情報は各種感覚器から頭頂連合野に届けられ、予測と比較照合されることになるのです。
自分が何をした結果、バイクに何が起きたのか
こうした因果関係を学習することが、ライディングの上達に重要であるのはいうまでもないと思うのです。
この過程で中心的な役割を担うのが小脳です。
2000年。今水寛らは新しい操作特性を持つ道具の学習に伴い、小脳に内部モデルの獲得と関連する活動が現れることを報告しました。
つまり、小脳は運動の微調整を行うだけでなく、操作と結果の関係を予測する内部モデルの形成にも関わっているのです。

運動の主体感覚と身体図式の拡張
ここで、もう一つ重要になるのが「運動主体感覚(Sense of agency)」です。
今おこしている運動が自分が起こしたものであるという感覚~ここではその感覚は顕在化していない場合が多いです~が生じなければ、何が起こったのかの因果関係を推測することができませんよね。
自分の操作によって、予測した通りに車体が反応する。
その経験を繰り返すことで、自分がバイクを制御しているという感覚が形成され、洗練されていくと考えられます。
2018年。D'Angeloらは、仮想の手を用いた実験で、運動主体感が身体図式や身体近傍空間の表現に影響することを報告しました。
この知見は、運動主体感と身体図式の可塑性が関係している可能性を示しています。
ここから、一つの仮説が考えられます。
それは自分の操作によって車体の挙動が変化するという因果関係を学習し、運動主体感が形成されることで、バイクを含めた身体図式の機能的な拡張が促されるのではないかと言うものです。
もちろん、身体図式そのものがバイクにまで拡張されているのか、それとも身体図式と車体の内部モデルが緊密に結びついた形で拡張されているのかということについては、検討が必要かもしれません。
しかし、こうして身体図式がバイクにまで拡張されているとすれば、バイクを自分の身体のように自然に操作できるという現象を説明できるのだろうと思います。
「気持ちよく走る」という情動の意味
そして、ライディングにはもう一つ重要な要素があります。
それが情動です。
ライダーは、単に正確に走ることだけを目的にしているわけではありません。
気持ちよく走りたい。
自分の思いどおりにバイクを動かしたい。
そんな欲求が、ライディングという行動を生み出しています。
運動の結果について、脳は「予測したとおりに車体が反応したか」という評価だけでなく、「期待した満足感が得られたか」という評価も行っていると考えられます。
後者には、ドーパミン系や腹側線条体などを含む報酬関連ネットワークが関与します。
さらに近年では、小脳も運動制御だけでなく、報酬予測や情動処理に関与することが明らかになりつつあります。
すると、次のような循環が考えられます。
気持ちよく走りたいという情動が行動を生み、操作と車体の挙動との因果関係を学習し、運動制御が洗練される。そして、その結果として得られる満足感が、次の行動への動機づけになる。
これは、動物の探索行動や運動学習を考えるうえでも、興味深い仕組みです。
ライディングの上達とは何か
ライディングの上達とは、単に操作を繰り返し、正確な運動を覚えることではないのでしょう。
身体とバイク、そして環境との関係を学習し、変化する状況に応じて適切な操作を生み出せるようになること。
そして、その背景では、運動の予測、感覚情報の統合、運動主体感、情動的な価値の評価などが、相互に関係していると考えられます。
脳にとって重要なのは、操作する対象が生物学的な身体の一部かどうかということだけではなく、自分の行為によってその対象をどのように制御できるか、ということなのかもしれません。
もちろん、今回述べた神経機構のすべてが、実際のバイクのライディングにおいて直接実証されているわけではありません。
しかし、身体図式、内部モデル、運動主体感、報酬学習に関する研究をつなげて考えることで、「バイクを手足のように扱う」という現象を説明する一つの仮説が見えてきます。
そう考えると、ライディングは神経科学的にも非常に興味深い行為なのだと思います。
参考文献
1. 身体図式と道具使用
Iriki A, Tanaka M, Iwamura Y. (1996).Coding of modified body schema during tool use by macaque postcentral neurones.NeuroReport, 7(14), 2325–2330.論文(PubMed)
Cardinali L, et al. (2009).Tool-use induces morphological updating of the body schema.Current Biology, 19(12), R478–R479.論文(PubMed)
2. 内部モデルと運動制御
Wolpert DM, Ghahramani Z, Jordan MI. (1995).An internal model for sensorimotor integration.Science, 269(5232), 1880–1882.論文(PubMed)
Imamizu H, et al. (2000).Human cerebellar activity reflecting an acquired internal model of a new tool.Nature, 403, 192–195.論文(Nature)
3. 運動主体感と身体図式
D'Angelo M, et al. (2018).The sense of agency shapes body schema and peripersonal space.Scientific Reports, 8, 13847.論文全文(オープンアクセス)
Synofzik M, Vosgerau G, Newen A. (2008).Beyond the comparator model: A multifactorial two-step account of agency.Consciousness and Cognition, 17(1), 219–239.論文(PubMed)
4. 情動・報酬学習と小脳
Schultz W, Dayan P, Montague PR. (1997).A neural substrate of prediction and reward.Science, 275(5306), 1593–1599.論文(PubMed)
Manto M, et al. (2024).Consensus Paper: Cerebellum and Reward.The Cerebellum, 23, 2169–2192.論文(PubMed)
5. 身体図式の拡張に対する批判的検討
Bell JD, Macuga KL. (2022).Are tools truly incorporated as an extension of the body representation?: Assessing the evidence for tool embodiment.Psychonomic Bulletin & Review, 29, 343–368.論文(PubMed)
6.道具による体性感覚の拡張Miller LE, et al. (2018).Sensing with tools extends somatosensory processing beyond the body.Nature, 561, 239–242.
※身体図式の拡張とc形成は、必ずしも同一の現象ではありません。本稿では、両者の関係を含めて仮説的に考察しています。



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