脳卒中リハビリテーションと認知疲労——運動学習を支えるアストロサイトの役割

脳卒中後のリハビリテーションでは、運動学習というものが非常に重要視されています。
麻痺した手足を使う。立つ。歩く。日常生活の動作を繰り返す。
こうした経験を通じて神経回路が変化し、運動機能の回復につながっていくと考えられています。
もちろん、私も運動学習は重要だと思っています。
ただ、以前から少し気になっていることがあるのです。
そもそも、運動学習が成立するためには、脳がどのような状態にある必要があるのでしょうか?
同じような運動課題に取り組んでも、学習が進む人もいれば、なかなか進まない人もいます。
また、同じ人であっても、日によって、あるいは時間帯によって、運動の質や学習の進み方が変わることがあります。
この違いを運動課題の内容や反復回数だけで説明することは難しいように思うのですね。
そんなことを考えていたところ、2026年10月21日、Natureに興味深い論文が掲載されました。
アストロサイトが神経回路の再構築に関与する
論文のタイトルは、
CD51 delineates functionally distinct astrocyte subtypes in neural circuits
日本語にすれば、「CD51によって識別される、神経回路内で異なる機能を持つアストロサイトの亜集団」といったところでしょうか。
アストロサイトというのは、脳内に存在するグリア細胞の一種です。
かつてはニューロンを支える補助的な細胞と考えられていましたが、現在では神経伝達、エネルギー代謝、シナプスの形成、脳内環境の恒常性維持など、さまざまな役割が知られています。
今回の研究が興味深いのは、アストロサイトを一括りにするのではなく、CD51という分子を発現する細胞と、発現しない細胞に分けて機能を比較したところです。
研究は遺伝子改変マウスを用いて行われました。
その結果、CD51陽性アストロサイトを刺激すると、神経回路のシナプス形成や可塑性が促進されることが示されました。
さらに、脳梗塞を起こしたマウスでは、CD51陽性アストロサイトを選択的に刺激すると、梗塞周囲のシナプスが増加し、運動機能にも改善が認められたのです。
一方、CD51陰性アストロサイトへの同様の刺激では、同じ効果は認められませんでした。
そして面白いことに、脳梗塞の病変体積そのものには、群間で有意な差がなかったのです。
つまり、損傷した脳組織そのものを減らすこととは別に、残された神経回路の再構築によって運動機能が改善した可能性があるということになります。
これはなかなか興味深い結果ですね。
ただし、マウスを使った基礎研究であり、アストロサイトの刺激には特殊な遺伝学的手法が使われています。
ですので、現在のリハビリテーションによって同じ作用が生じることを証明した研究ではありません。
運動学習だけを考えればよいのだろうか?
ここからは、私自身の解釈になります。
運動学習によって神経回路が変化するという考え方は、すでに広く受け入れられています。
しかし、その変化を成立させるためには、ニューロンだけでなく、それを支えるグリア細胞の働きも必要になるわけです。
そうすると、運動学習とアストロサイトの機能を別々の問題として扱うのではなく、互いに関連する一つのシステムとして捉える必要があるのではないでしょうか。
運動学習が神経回路の活動を変える。
神経回路の活動は周囲の細胞環境と相互に影響し合う。
そして、その細胞環境が神経可塑性の成立に影響する。
こうした循環が存在する可能性を考えることができます。
ただし、今回の研究では、実際の運動学習がCD51陽性アストロサイトの働きをどのように変化させるのかまでは検証されていません。
現時点では、仮説として考えておく必要があります。
では、もしアストロサイトの状態が運動学習に影響するとしたら、その状態を改善する方法はあるのでしょうか?
有酸素運動や睡眠、代謝機能、炎症などは、脳内環境との関係から検討する価値がありそうです。
しかし、それらによって今回注目されたアストロサイトの機能を臨床的に改善できるのか、まだ明確な答えはありません。
そこで、もう一つ問題が生じます。
そもそも、臨床でアストロサイトの機能状態をどのように評価すればよいのでしょうか?
認知疲労という視点
私は、ここに認知疲労というものが関係してくる可能性を考えています。
脳損傷後の患者さんを観察していると、同じような課題を遂行していても、時間の経過とともに反応が遅くなったり、注意が続かなくなったり、動作の質が低下したりすることがあります。
もちろん、原因はさまざまでしょう。
ただ、脳損傷によって情報処理の効率が低下すると、同じ課題を遂行するために、より大きな神経活動や代謝的負担が必要になる可能性があります。
正常な神経回路であれば比較的容易に処理できる情報でも、損傷後には多くの神経資源を動員しなければ処理できないことがあるかもしれません。
いわば、効率の悪くなったシステムを、より大きな負担をかけながら動かしている状態です。
そう考えると、認知疲労という現象は、単なる疲れやすさではなく、神経系が一定の情報処理を維持する能力と、そのために必要な生理的負担を反映している可能性があるわけです。
そしてアストロサイトは、神経細胞への代謝支援や神経伝達物質の調節などに関係しています。
であれば、認知疲労とアストロサイトの機能の間にも、何らかの関連が存在するのではないか。
そんなことを考えているのです。
もちろん、今回のNature論文は認知疲労について検証したものではありません。
また、認知疲労には睡眠障害、気分、薬剤、炎症、神経ネットワークの障害など、さまざまな要因が関係します。
ですので、認知疲労が強いからアストロサイトの機能が低下している、と単純に判断することはできません。
ただ、研究の方向性としては面白いと思うのですね。
認知疲労をどのように測定するのか?
認知疲労を評価するといっても、「疲れましたか?」と尋ねるだけでは十分ではないように思います。
例えば、一定の認知課題を続けてもらい、
課題開始から、どの程度の時間で遂行能力が低下するのか
時間の経過によって反応速度や正確性がどう変化するのか
休息によって、どの程度回復するのか
その回復にはどの程度の時間が必要なのか
そうした変化が、運動学習の成立や保持と関連するのか
といったことを測定するわけです。
もちろん、課題自体への慣れや動機づけ、運動障害による反応の遅れなどは区別する必要があります。
また、主観的な疲労感と、客観的な遂行能力の低下が必ずしも一致するとは限りません。
しかし、こうした時間的な変化を調べることで、神経系の処理能力や、それを持続させるための生理的条件について、何らかの情報が得られる可能性はあると思います。
さらに、血液や脳画像などによる生物学的な指標と組み合わせることができれば、認知疲労の背景にある機序の理解も進むかもしれません。
脳卒中リハビリテーション研究の方向性
実は、こうした生物学的な側面を評価する必要性は、国際的な脳卒中リハビリテーション研究でも認識され始めています。
第3回Stroke Recovery and Rehabilitation Roundtable(SRRR)では、脳卒中後の疲労が重要な研究課題として取り上げられ、疲労の評価方法や、その背景にある生物学的機序についての研究課題が整理されました。
また、2026年8月に発表された第4回SRRRの分子バイオマーカーに関する提言では、脳卒中後の自然回復だけでなく、治療による回復の生物学的機序を明らかにするため、分子指標の研究と標準化を進める必要性が示されています。
つまり、これまでのように、運動機能や日常生活動作の改善だけを測定するのではなく、その改善がどのような生物学的変化によって生じているのかを調べようとしているわけです。
もちろん、現在の段階で、認知疲労がアストロサイトの状態を反映する有効なメジャーとして確立されているわけではありません。
それでも、こうした研究が進めば、運動学習の成立しやすさを判断するための指標が開発される可能性はあるでしょう。
そして将来、患者さんごとに神経可塑性が生じやすい条件を評価できるようになれば、リハビリテーションの内容や負荷、実施するタイミングについても、今までとは異なる判断が可能になるかもしれません。
おわりに
リハビリテーションでは、どのような課題を、どれだけ反復するかという議論が行われています。
もちろん、それは大切な問題です。
しかし、その運動学習を行う脳が、今、どのような生物学的状態にあるのか。
これも同じくらい重要な問題なのではないでしょうか。
そして、その状態は運動学習によっても変化する可能性があります。
つまり、運動学習と、それを支える生物学的環境との相互作用を考える必要があるわけです。
今回のNature論文は、アストロサイトの一部が神経回路の再構築と脳卒中後の機能回復に関与することを示しました。
そこから直ちに臨床の方法が決まるわけではありませんが、今まで十分に見えていなかった回復の条件に、一つの光が当たったように感じています。
私は、その条件を臨床的に考える手掛かりの一つが、認知疲労なのではないかと考えています。
まぁ、現時点では仮説にすぎません。
ただ、これまで当たり前のように観察していた「疲れやすさ」の中に、神経可塑性を理解するための重要な情報が含まれているのかもしれませんね。
今後の研究が楽しみです。
( ◠‿◠ )
なお、認知疲労については、2026年9月に毛内拡先生が発表された『認知疲労性と遅延回復における間質イオン調節』という総説も興味深いと思っています。
この論文では、認知課題を続けることで生じる情報処理能力の低下や、課題終了後にも回復に時間がかかる現象について、脳の細胞外に存在するカリウムイオンなどの動態と、それを調節するアストロサイトの働きから考察されています。
つまり、認知疲労を単なる神経活動の消耗としてではなく、情報処理を支える細胞外環境を維持し、さらに次の活動に適した状態へと再調整する能力の問題として捉えているわけです。
もちろん、現時点では仮説であり、脳損傷後の認知疲労との因果関係が明らかになったわけではありません。
しかし、こうした視点から考えると、認知疲労がどの程度の負荷で生じるのか、そして、そこからどの程度の時間で回復するのかという臨床的な観察が、神経系の生物学的状態を知る手掛かりになる可能性があります。
今回のNature論文と合わせて考えてみると、なかなか興味深い研究の方向性ではないでしょうか。
今後、このような基礎研究と臨床的な評価が結び付いていくことを期待したいと思います。
参考文献
1. Woo J, et al.(2026)
CD51 delineates functionally distinct astrocyte subtypes in neural circuits.
Nature
2. English C, et al.(2024)
A roadmap for research in post-stroke fatigue: Consensus-based core recommendations from the third Stroke Recovery and Rehabilitation Roundtable.
International Journal of Stroke
3. Edwardson MA, et al.(2026)
Molecular biomarkers in stroke recovery: Consensus-based core recommendations from the fourth Stroke Recovery and Rehabilitation Roundtable.
International Journal of Stroke
4. Kuppuswamy A.(2025)
Post-stroke fatigue — a multidimensional problem or a cluster of disorders? A case for phenotyping post-stroke fatigue.
The Journal of Physiology
5.Monai H. (2026)
Interstitial Ion Regulation in Cognitive Fatigability and Delayed Recovery: A Hypothesis-Driven Critical Review.International Journal of Molecular Sciences, 27(19), 8508.https://doi.org/10.3390/ijms27198508
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