月の輪神事2026
月の輪神事は、1300年以上前の『出雲国風土記』に記された伝承に由来する、安来のお祭りです。
674年7月13日、中海の毘売崎(ひめさき)で遊んでいた娘が、ワニ(鮫)に襲われて命を落としました。
娘の父である猪麻呂は、村人たちとともにワニを探し、ついに捕らえて敵討ちを果たしたと伝えられています。
現在、神事の中で聞かれる「エンヤ エンヤ デコデットーヤ」という掛け声も、「みんな、みんな出てきて手伝えや」といった意味だと伝えられています。
また、捕らえたワニを槍に突き刺した姿が三日月のように見えたことから、「月の輪」という名前がついたともいわれています。
そうした由来から、月の輪神事は、亡くなった娘の霊を慰める「鎮魂」の神事として受け継がれてきました。
毎年8月14日から17日までの4日間、鉾を載せた山車を先頭に、笛や太鼓の音とともに町の中を練り歩きます。
その後、安来で疫病が大流行した際には、「この神事を永久に続ける」ことを誓い、疫病退散を祈願したとも伝えられています。
だからでしょうか。
新型コロナが流行し、通常のお祭りができなくなった時にも、神事そのものは途絶えることなく、山車が町を回っていた記憶があります。
その後、お祭りは少しずつ元の姿を取り戻してきました。
最初は明治町という一つの町内が飲食ブースを出し、舞台で音楽やビンゴゲームなどを行っていました。
そこに人が集まり始め、やがて他の町内も、それぞれの形で祭りを続けるために動き始めました。
そうして少しずつ、今の月の輪まつりの姿まで戻ってきたのだと思います。
祭りというのは、単に昔からの行事を残すことだけに意味があるのではないのでしょう。
やはり街の中で行われ、人が集まることそのものに意味があるのだと思います。
年を重ねた人は、昔の月の輪を懐かしむ。
若い夫婦は、子どもたちを連れて夜の街を歩く。
若い人たちは、普段とは少し違う夜の街を友人たちと歩き、屋台をのぞき、祭りを楽しむ。
そんな光景を見ると、この街が今も安心して暮らせる場所であることを感じます。
そして、祭りを楽しそうに歩いている子どもたちは、そのままこの街の未来でもあります。
もともとは鎮魂や疫病退散を願って続けられてきた月の輪神事。
けれど今では、それだけではなく、
この街が無事であることを確かめ、この街が未来へ続いていくことを感じるための、文化的な装置でもあるのかもしれません。
1300年以上前の出来事から始まった物語を、今を生きる人たちが毎年もう一度つないでいく。
月の輪神事は、そんなお祭りです。
良いお祭りなのです。






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