脳梗塞/脳出血/頭部外傷などの脳損傷疾患、あるいは、パーキンソン病などの神経変性疾患の障害というと、運動機能異常が目につきますし、話題としても、運動機能障害がよく取り上げられますよね。当事者である患者さん達も、「麻痺をどうにかして欲しい」とか、「動きやすくなりたい」と希望を持たれておられるケースが殆どです。
じゃぁ、麻痺をどうやって改善(回復)させていくのかとか、どうしたら動きやすくなるのかと考えて行くと、身体図式の障害が結構重要な要素として取り上げられてくるのだと思います。
身体図式は運動機能と非線形の相関関係になりますので、因果関係と呼ぶことは出来ませんが、強い関連があるのは間違いありません。
そういった思考に至った経過を少しだけ説明していきたいと思います。
まず、運動がどの様にプログラムされていくのかという事です。
運動が起きると、感覚が変化しますよね。対象物に向かって歩いて行けば、その対象物は視野の中で占める割合がだんだん大きくなりますし、手でものを握ればそのもの(物体)の質感や重さを感じる事になります。この様に、運動が起これば感覚はなにかしら変化することになります。
では、それらの感覚はどの様に運動に変換されていくのかと云うことを少し考えてみます。
この図は、高草木先生の「大脳皮質・脳幹−脊髄による姿勢と歩行の制御機構」というPDFからです。
ここで注目していただきたいのは、Bの図です。
視覚野・一次感覚野・前庭皮質が情報をやり取りし、身体図式が生成されています。この身体図式情報が補足運動野・運動前野に運ばれ、図示されていませんが基底核ループの中で運動出力プログラムを決定して一次運動野に運んでいます。
図は論点を解りやすくするように単純化されています。記載されている情報のほかに外的環境情報や辺縁系の情報なども関わってきます。
大雑把に云えば、外的環境情報と情動や記憶などの情報が起こすべき行為を選択して、外的環境情報と身体図式情報が起こすべき行為に対する運動プログラムを選択していくと云った形で理解しておけば良いのでは無いかと思うのですね。
繰り返しになりますが、Bの図を見ていただくと、身体図式情報が補足運動野や運動前野に運ばれて、それらの情報から作られた運動出力プログラムを脳の最終的な運動出力を行う部位である一次運動野に運ばれていることが解りますよね。では、ここで、身体図式が誤った情報、或いは運動出力に対して非効率的な身体図式情報を補足運動野や運動前野に送った場合というのは、やはり運動出力は非効率的なパターンになってしまうと言う事になります。
ここで、ちょっと疑問に思われるかも知れませんね。
頭部外傷の場合はびまん性に軸索が損傷されている場合が多いので頭頂葉付近で行われる身体図式に関わる情報処理が影響を受けていても納得できると思いますが、例えば内包前脚あたりとか、基底核損傷で視床が影響を余り受けていないと思われるようなケースでも身体図式の問題が起こり得るのかと云ったことを考えられる方もおられるかも知れません。
まぁ、脳の前方の損傷の結果、広範囲投射系のひとつのAch系も影響を受ける場合も多いと思いますので、より後方にある頭頂側頭連合野も情報処理能力が変化してしまうと云う構造的な側面も推測できますが、取りあえずそれははぶいて考えてみましょう。
これは、2019年頃に米子に高草木先生が来られた時の資料からです。
これを見ていただくと、身体図式に関わる情報として、三半規管から来る平衡感覚、眼球からの視覚、身体の筋肉や腱組織を中心とした感覚受容器から来る体性感覚の3つが統合されて身体図式になる様子が描かれています。
と云うことは、脳に損傷がなくても、これらの感覚器になにかしらの変化が起きた場合は身体図式は良かれ悪しかれリアルタイムに変化してしまうと言う事になります。
頭部が不安定になり、安定した視覚情報が視覚野に届かないですし、三半規管も適正な重力方向や加速方向などの情報を前庭皮質に届けることが出来なくなります。
筋肉も、痙性と言われる病的な高緊張状態や或いは病的な低緊張から弛緩した状態などであれば、四肢の適正な体性感覚情報を感覚野に届けることが困難になることになりますよね。
ですので、結局、何処の損傷でも身体図式情報は影響を受けていると考えても矛盾は無いように思います。
そして、こういった側面を考えただけでも、身体図式と云った身体認知情報と運動はそれぞれが影響を与えつつ変化するものであって、どちらかが原因となっているとは云えない状況にあることが解りますね。
言葉を変えると、身体図式という身体認知情報と運動出力情報の間に、相関関係はあるけれど因果関係(原因と結果がはっきりしている)とは云えないのです。
しかしながら、運動出力の障害は目立つ(意識される)けれど、身体図式の障害というのは目立たないというか、意識されないことの方が多いのです。
患者さん本人もそうですが、場合によってはセラピストもそうであったりします。
私もそうです。(^_^;)
だけど、運動出力パターンを変えようと思ったら、身体図式情報も変えなければならないという事は確実であろうと思うのです。
さて、この身体図式情報の生成に関してですが、私は頭頂間溝野の働きが結構重要なのではないかと考えています。
この図は、有國 富夫先生の「頭頂野の入出力構造」の図に、記載してある接続を書き加え、それぞれの働きの特長を横に記載した者です。一応、私がつくったスライドショーを動画にした物のリンクを図に貼り付けておきます。この論文の中には、頭頂間溝野と下頭頂小葉との接続もあるとされていた記憶があります。
この情報から言えることは、少なくとも、MIPが眼球座標系の情報処理を行っているので、頭部が垂直軸に安定するというベースがあった上での視覚情報が重要そうだと云うこと、VIPの働きから、視覚と触覚が同時に入ること、AIPはWhereSystemに関わっているようなので、位置情報として、視覚ー体性感覚ー聴覚などの複合した刺激が必用そうだと云うこと等が云えそうですよね。
視覚情報と頭頂間溝野の情報については、脳科学辞典というサイトの表を貼っておきますので、参考にしてください。
つまり、視覚的な情報として手の届く近位空間情報の中で体性感覚や聴覚情報が組み合わさることで頭頂間溝野の情報が統合され、下頭頂小葉などとの情報処理に関わりつつ身体図式の形成が行われているのだろうという風に思うのです。
さて、認知に関わる情報処理のお話を書いてきましたが、先にも書いたように視覚情報を適正に入力するには頭部の垂直軸、正中軸の安定性というのは重要な要素になってきます。
ここに関わってくるのがコアスタビリティ〜神経学的には網様体脊髄路などの働きと云うことになります。
ホントに運動と認知というのは非線形の関係ですよね。(^_^;)
多分こういった関連性が脳の働きを科学で表現しにくい要因の一つになっているのでしょうね。
ここまでをまとめると、脳損傷による障害は運動機能障害が目立つものの、身体図式の障害も起きていて、そこの改善も同時に考えて行く必要があり、その為には身体の安定性を作るシステムと同時に視覚、聴覚、体性感覚などが統合されるようにしていく課題が大切そうだとはいえそうに思うのです。
人は姿勢の崩れに結構気が付かないことが多いと思います。
円背や側彎の人も人に言われて気になり出したり、痛みが首とか腰に出た後に何でだろうと思って原因を探索する中で姿勢の崩れに気が付いたりすることが多くて、鏡が無かったら、自身の感覚情報で崩れに気が付くことはほぼないのでは無いかと思うのですね。
ちょっと傾いている人に鏡を見せずに、真っ直ぐになってくださいというと大部分の人はちょっと傾いた姿勢で、それが真っ直ぐだと言われます。
まぁ、脳の機能としてはそういう適応が柔軟に出来るようになっていますので起きうる現象なのではありますが、そういった意味では介入で変化を起こすことが可能な部分ではあると思います。
環境も大切なのですが、最初の図を見ていただければ、身体図式に応じた運動出力しか起きないであろうことも考えると、対称性だとか安定性に基づいた、多重感覚情報処理によって身体図式を適正に作っていただける様にすることが大切だと云えそうですよね。
ですから、姿勢セットとか姿勢制御に関わりつつ運動を起こしていくことが大切なのだろうと思うのです。
そして、学習という側面から云えば、その場面だけで変化が起きるという事ではなく再現性が大切になってくるわけです。
その再現性のために、姿勢が整い、身体図式が変化した際に動きやすいとか、今まで動かなかった動きが発現するとかそういった驚きや感動というのは、これはまた大事だと思うのですね。それが動作の繰り返しの学習を促す大切な要素のひとつだと思うのです。
身体図式は常にリアルタイムでアップデートされるため、繰り返しにつながる動作の習慣に良い要素が組み込まれないと、元の木阿弥という事も結構起こりえるのです。
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