科学的に物事を考えるという事はどういうことなのかという話題です。
いま、いんすぴゼミで『天才科学者はこう考える――読むだけで頭がよくなる151の視点』と云う本を読んでいるのです。その中に、「相関関係は因果関係ではない」という章があります。ちょっと紹介しますね。(^^)/
Correlation Is Not A Cause〜相関関係(一方が変化すれば他方も変化する関係)は根拠ではない〜の頭文字をとったシナクという略語があって、これは科学者の間でよく使われるフレーズだそうですが、世間で広く使われるには至っていないそうです。
確かにATOKでも変換できないですし、”シナク”をGoogle検索しても殆ど引っかかってきません。かろうじて、”Correlation Is Not A Cause 意味"で検索するとやっとこういった話題にたどり着きます。
もっとも、出てくるのは"Correlation Is Not A Cause"(相関関係は根拠では無い)という言葉では無くて、”Correlation Is Not A Causation"(相関関係は因果関係では無い"という言葉です。原文を見てみないとわかりませんが、表題は”相関関係は因果関係では無い"となっていて、紹介されているのは”相関関係は根拠では無い"という言葉です。もしかしたら訳者がそういった風に訳されたのかも知れませんが、この章を書かれた人は、”根拠では無い”という事を強調したかったのかも知れないですね。
ちなみに、相関関係はなにかしら関連の在る事象を指す言葉で、因果関係とは原因があって、それによって導かれる結果と云った関連の事象を指します。
さて、シナク。
例えば、駅を想像してみてください。人が集まってきて、電車が来て、人々が電車に乗る。
この状況は、人が集まるという現象と、電車が来るという2つの現象がある事になりますね。この2つの現象、人が集まるという現象と電車が来るという現象は相関関係にあると云えることになります。人が集まる→電車が来る、或いは、電車が来る→人が集まると云った推論が可能です。
しかし、それは因果関係ではありませんよね。
因果関係と云うためには、人が集まれば必ず電車が来ることになります。或いは、電車が来れば必ず人が集まるという現象が必用です。だけどそんなことではないですよね。
実際は、時刻表が在って、特定の時間に人と電車を駅に集めているという事になります。
これは、AとBが相関関係にあるけれど、実際はCという要素がAとBの動きに影響を与えているという事になります。
こういった単純な例では、解りやすいですが、考えてみるとなかなか難しいのです。
思考実験として、たとえば「ケチャップをよく食べる子供は成績が悪い」というデータがあると仮定します。
この理由を考えていきます。
「ケチャップに神経伝達を悪くする物質が含まれている」
なるほど、そういうことがあるのかも知れませんね。
「ケチャップを食べると一緒にフライドポテトも食べる量が増えるので、太って何もしたくなくなる」
これも一つの根拠のように見えますね。
「頭の悪い人の味蕾が特殊で、ケチャップの味をあまり感じない」
ふむふむ…
いずれもケチャップが成績が悪い原因と捉えていますね。
そうこう考えているウチに、
「貧しい家庭はジャンクフードを食べる頻度が高く、子供の学校の成績がふるわない」という様な思考が出てきたとします。
貧しい家庭というのが原因となっているのではないかと云う考え方ですね。
これが正しいかどうかは別にして、この回答は、ケチャップを原因と捉えず、第3の要因を推測しています。これが正しいとすると、ケチャップと成績が悪いという事は、相関関係があったとしても、ケチャップが原因(根拠)では無かったと云うことになります。「ケチャップをよく食べる子供は成績が悪い」というデータに関して、ケチャップを沢山食べる子と成績が悪いと云うことは因果関係では無かったのですね。
(繰り返しになりますが、これはあくまで思考実験で、この様なデータがあるわけではありません。(^_^;))
この章の著者は以下のように記載されています。
「科学に関する新たな話題を耳にしたときに、それをシナカル(都合のいいことに、シニカルに響きが似ている)に受け止めれば、自然と「ふむ。AがBを招くのでないとすれば、BはAを招くのだろうか。それともAとBの両方を招くほかの要因があるのだろうか。いや、そうは見えなくても、AとBは実は同じだという可能性もあるのではないか。本当のところはどうなのか。もっとほかに可能性はないか。自分で試すことはできないものか。自分で事実を見つけられないものか」と考える。 このような考え方ができるようになれば、どんな科学的な話も批判的にとらえられる。これが科学者の思考だ。 健康が脅かされる話や超自然的な力を訴える話は世間の注目を集めるかもしれないが、相関関係は根拠ではないという概念を理解していれば、科学的な解決を早急に求められている課題について、より高度なレベルでの議論が可能になる。」
この章では、意識と脳の活動についてのことも言及されておられます。
PTやOTに取って非常に興味深いところですよね。だけど、そこは実際に本を手にして読んでみて欲しいと思うのですね。
リハビリテーションに関わる研究では、残念なことに相関関係と因果関係が混乱しているものが少なくありません。というか、多くの研究はこういった部分で間違えておられると思うのです。
例えば、握力とフレイルの関係などは相関関係ですが因果関係ではありません。歩行スピードと脳の情報処理についても相関関係であって因果関係ではないですね。FIMとリハビリテーションの質についても相関関係ですが、国を挙げて因果関係と捉えておられる節がありますね。話し出せばたぶんキリがないです。
残念なことに。
さて、シナク。この章を読んで何を考えていたかというと・・・
意識と脳の活動についても興味深く、考えて行く必要があるところではあるのですが、脳と身体というのも、ある種の相関関係にあるわけです。
しかし、脳が身体を支配しているような因果関係があるのでしょうか?
脳というのは、簡単に言えば身体という環境情報を知るための道具を利用し、環境を細分化した情報を脳の中で再統合し、今までの経験という記憶情報との情報交換の中で適切な行動を選択し、出力を身体に送るというループ状のシステムだと考えられます。
そう考えると、脳と身体というのは因果関係とは云えず、相関関係だと捉えた方が良いのかも知れませんよね。
つまり、脳を表現しようとするのであれば、1個人の身体全てをもって脳と捉えるべきなのかも知れないなぁと。つまり、手も脳だし足も脳。体幹も脳だし内蔵器も脳。全て脳であって、全て身体であると言った捉え方。
ちょっと面白そうだなぁと思っているのです。
「シナク」の考え方が一般的になったら、リハビリテーションの世界もよりよい方向に変わっていくだろうと期待しているのです。(^^)/
たぶん、そのうち、いんすぴゼミで動画がアップされることと思います。
是非チェックしてみてくださいね。
8/28
YouTubeでいんすぴゼミ!のしなくの部分の動画がアップされているのを見つけました。
動画を貼り付けておきますね。
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