Nagashima Kazuhiro

2021年11月18日5 分

視覚と情動と脳機能回復

いんすぴゼミをお聴きしていてふと思ったのです。

視覚刺激に対する無意識下の情動反応が存在していると言うことは、視覚刺激が無意識下で自律神経系の働きに関わっていると言うことになるのです。

視覚の経路というと網膜-外側膝状態-後頭葉視覚野の流れを思い浮かべますが、より原始的な皮質下の経路として網膜-上丘-視床枕-扁桃体の経路は脅威信号を荒い精度で素早く処理すると考えられているようです。

霊長類扁桃体への迅速な脅威信号伝達の視覚経路の解明
 

そうすると、皮質で視覚処理を受ける前の網膜情報で何を脅威信号としてとらえているのかという疑問がわくのですが、認知神経科学者であるガザニガの著書「人間とはなにか」という本には、対称性/規則性/リズミカルな模様を好むと言う記載と、D(フラクタル密度:たとえば白紙D=1で真っ黒に塗りつぶされた紙はD=2)について、人間はD=1.3で複雑度の低い景色を好むとの記載があります。

好むと言うことはリラックスしやすい状況にあると思われますので、おそらく副交感神経系が優位になっているのではないかと推測できます。

と言うことは、この条件から逸脱した視覚情報に対しては交感神経系が賦活されている可能性が高いわけです。

つまり、ノルアドレナリンなどの放出量が増加しているものと推測されます。

もしかすると、非対称性/不規則性/複雑な模様/D=1.3からの逸脱、そういった情報を上丘がキャッチして扁桃体に投射している可能性が有るのでは無いかと思います。


 

片麻痺の患者さんの特徴は、左右の分断された身体情報と体幹機能の低下から、Body Schemaが崩れることが多く見られます。正中垂直軸が崩れ、発症直後には座る事が出来ない方も多いです。

脳損傷によって傾いた姿勢/自身の重力に対する位置関係の知覚障害/左右の高さが違う内耳からの前庭情報/左右高さが違う網膜からの視覚刺激入力、こんな条件が組み合わさっています。視覚入力も本来有るべき状況ではないですし、視覚情報処理もBody Schemaが前提が有って正しく処理される(例えば通常は横に寝てテレビを見てもあまり違和感なく見ることができますよね。それは重力に対して頭部が横になっているという情報が有るからこそ視覚情報を補正することが出来ていると考えられます。)ので、通常のように見えていない人も多いわけです。臨床的にそれを見ようと思ったら、非麻痺側で紙に線を引いてもらってみてください。紙に対して綺麗に直角に縦線や横線を引ける方は少ないと思います。


 

そういった乱れた情報処理で外的環境を見た際に、どれだけ対称性/規則性/リズミカルな模様/D=1.3の情報を得ることが出来るでしょうか?

たぶんかなり難しいのではないかと思います。

そうなると、交感神経系が興奮することになるので、ノルアドレナリンなどは通常より放出が増えることになると考えられますよね。


 

ノルアドレナリンはアストロサイトによる液交換システムを阻害します。

とくに急性期では、脳の損傷〜神経細胞の破壊によって細胞外の液成分に細胞内の液成分が放出されます。そのことで神経細胞外の液成分内に細胞内のK+が放出されていますので、K+のイオン交換で神経細胞の興奮を高めたり鎮めたりするシステムは機能しません。結果何が起こるかというと、生き残った神経細胞も興奮しっぱなしになって壊れていくことになります。ペナンブラ領域の神経細胞死に繋がりそうです。


 

こういった思考から、正中垂直軸を獲得し、対称性/規則性/リズミカルな模様/D=1.3の情報を快刺激として処理して頂くことが神経細胞の余分な死滅を防ぎ、また、ノルアドレナリンの余分な放出を防ぎアストロサイトによって脳内環境が適正になることで脳の情報処理システムも機能的になる可能性が高いのではないかと考えるに至りました。


 

さて、この推論は患者さん個人にはメリットがあったかどうかを判断するのは出来そうですが、EBMにのせるのは大変そうです。

まず、基礎研究として、

1)上丘の視覚刺激の応答として非対称性/不規則性/複雑な模様/D=1.3の場合と、そうではない視覚刺激の場合で興奮性に違いが出ることおよび扁桃体への投射の変化を確認すること

2)非対称性/不規則性/複雑な模様/D=1.3以外の視覚刺激で結果的にノルアドレナリンの量が増えていることを確認すること

3)アストロサイトの神経細胞への影響は、基礎実験はいろいろされていますので省いて良いかもしれません。K+ の事は、臨床的にアドレナリン受容体阻害薬が脳卒中の治療薬として研究されている(もう使われている?)事から、ノルアドレナリン濃度の減少が脳の神経細胞の生存確率を高めるのは間違いないことだと思います。

4)脳損傷後のBodySchemaの混乱が視覚に影響を与えていることの確認

5)脳損傷後BodySchemaの混乱後、正中垂直軸の再獲得と、それによる視覚情報処理への影響の確認

で、臨床研究として、

6)正中垂直軸の獲得と日常生活動作の関連の分析:これはFIMとかBIとか使ってはダメです。このことが大変。FIMとかBIとかはADLの指標であって、脳の機能の改善度合いを測る指標にはなりません。新しく脳機能と密接な関連性を持つ日常生活の指標を作るか、FIM/バーサルインデックスと脳機能の関連性を基礎研究でし直すかのいずれかが必要です。


 

このくらいで良い結果が出れば科学的といっても良いかもしれないですね。

う~ん。誰か研究してくれないかなぁ・・・

写真は、D=1.3ぐらいかなぁ・・・

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