Nagashima Kazuhiro

2021年3月2日11 分

筋力ってなに?

病院に勤めているときから、よく「筋力はどうやったら回復しますか?」「筋力を上げたいです。」等の希望をお聞きします。

筋力はMMTの結果にしても、握力計なんかの道具を使ってKgで表すにしてもとても数値化しやすい指標に見えます。

しかし、数値化された筋力というものはすべての結果にしか過ぎないのです。

筋力を支えている要素を考えていきます。


 

1)姿勢制御に関わる要因

1-a)出力部位に対する中枢部の安定性。

 これは、例えば握力であれば手指の握る力をはかるのですが、手関節や肘関節、肩関節の安定性が確保できていなければ出力は高まりません。また骨盤周囲の安定性がなければ膝の伸展筋力が下がります。ミニ四駆なんかを考えたらわかりやすいかも。モーターマウントが不安定だったらモーターの回転が上手くタイヤに伝わらないですよね。タイヤの回転軸(シャフト)が不安定でもやはりタイヤの駆動力は落ちます。

そういった側面はa-APA’sで表現されます。

1-b)出力部位に対する体軸の安定性の要因

 腹に力が入らないと全身の力が抜けたようになりますね。腹部の安定性は肩甲帯や骨盤帯の安定性に寄与します。これはp-APA’sで表現されます。p-APA’sは運動に先立ち中枢部の安定を構築していきます。その上でa-APA’sが働いて動きに対応した関節の安定性をつくりつつ最終的に出力が起きるというのが最も出力を効率よくしていく条件です。ミニ四駆で例えるとシャーシの剛性ですね。実際の車であればボディ剛性も加わります。

1-c)変化する姿勢での安定性の要因

 実際に力が入りづらいと意識してしまうのは何らかの行為を行っているときですよね。歩いているとき。洗濯物を干しているとき。料理しようとフライパンを持ったとき。缶を開けようとしたとき。車のタイヤを替えようとしたとき。色々な場面で何か出力の足りなさを感じてしまうのです。そのときにとる姿勢は様々です。変化する姿勢の中で安定性を常につくる事ができるということが出力を安定させるためには重要です。


 

2)軟部組織の要因

2-a)構造の要因

 構造は出力を変化させます。例えば膝関節など膝蓋骨が左右どちらかに変位している場合は大腿直筋の走行がまっすぐにならないので膝の伸展の力は落ちてしまいます。同様に手関節も手根骨の位置が左右に変位しているとか掌側や背側に変位しているという状態では手指屈筋群の力の伝達効率は落ちますので握力が下がります。構造があるべき位置にあるのかということは大切です。
 

2-b)関節可動域の要因

 関節の可動域において制限〜動かないとか動きに抵抗感があると、ま、力は出にくいです。これは関節可動域制限がどのような要因で起きているのかという事にもよるのかもしれません。しかし、追求していくと大きな要因として原繊維の働きが落ちているということがあるように思います。関節周囲の骨と筋の間にある原繊維の動きが悪ければ筋は骨の上で滑走しにくくなります。同様に隣り合う筋の間の原繊維の動きが悪ければ筋同士の滑りが悪くなり出力効率は落ちます。

2-c)筋の要因

 筋原繊維は筋内膜に包まれているのですが、このままでは筋原繊維が収縮しても筋内膜の中で筋原繊維が収縮するのみで出力は筋内膜に伝わりません。インテグリンというタンパク質が筋原繊維と筋内膜を接続していると考えられています。この接続によって筋原繊維の収縮は筋内膜の張力を変化させて出力にしていきます。そうすると、筋内膜同士の滑りに抵抗があると出力は落ちます。もう少し大きく考えると、筋周膜や筋外膜なども同様に滑りが必要です。

 筋原繊維は数多くの筋節が繋がるようにつくられています。筋の短縮という状態は筋内膜や周膜、外膜などの滑りが非常に乏しくなった状態でも起こります。他の要因として筋原繊維の筋節の数が減少したり、一つ一つの筋節が短くなっていても起こります。いずれも非効率な状態で筋出力を低下させます。筋節を増やすのは実験的には長時間牽引させるなどの手法で可能なようですが現実的な手技は思いつきません。その上、そうやって筋節を増やそうとすれば長期間ストレッチ刺激を与えることになるので原繊維の動きはかえって悪くなることが予測されます。長期間原繊維が引き延ばされていたらコラーゲン成分の中から水分や栄養成分が絞られることになりかねませんから。

2-d)痛みの要因

 何らかの原因によって痛みが出ている場合も出力は落ちます。虫歯で歯が痛いとき思い切って硬いフランスパンをかみちぎる事なんてできないですよね。島根県の松江に「タロ」というパン屋さんがあって、そこのフランスパンやカスクートはとっても美味しいです。だけどとっても硬くてもし私の歯が痛かったら食べる気にはなりません。痛くないので時々買って食べるのですが。とっても美味しいです。

話がそれました。痛みは発痛物質というものが痛みの受容器であるポリモーダル受容器を刺激した際に起こります。色々な要因でそれが起こるのですが臨床的には循環が適正でない状態だと起こりやすいように思います。だから痛みを考えるときには血液循環や間質液(細胞を浸している液)の循環などはとても重要な要素になります。


 

3)神経学的要因

3−a)神経筋接合部の要因

 神経筋接合部の構造は、神経終末-シナプス間隙-筋肉細胞によってつくられています。細胞間隙には基底膜という細胞外マトリクスがあります。神経筋接合部での基底膜の働きはよくわからないのですが、細胞外マトリクスの特性として物質の選択的透過性(ここではアセチルコリン:Ach)や神経終末と筋細胞の位置関係の構築(距離)を安定させていたり、距離を遠ざけ立ち近づけたりという働きがあるのではないかと思います。神経終末が時間的空間的にAch放出を増加させていて、筋収縮が起きると神経終末と筋細胞の距離が接近すると考えられています。これは筋出力の増加に当たります。いったん放出されたAchは分解されるか神経終末に吸収されることになります。神経終末は小胞にAchを産生したり蓄えたりしていて神経が興奮した際に放出するのですが、この過程はある程度繰り返すとAchは枯渇していきます。そうするとα運動ニューロンが興奮しても神経終末からAchは放出できなくなると思います。これを筋の疲労と呼ぶのでしょうか?いずれにしても休息は重要です。また、吸収や産生におけるエネルギー消費は血液循環が支えていて、吸収や産生における老廃物は間質液の循環によって排出されていると考えられます。これらの要因のいずれかに問題が起これば筋出力や筋持久力が落ちることになります。

3-b)脳の要因

 筋出力に当たって、1)に記載した姿勢制御と運動出力の連携は重要であることを記載しました。これをつくっているのが脳だということになります。脳での前頭連合野からの出力は、運動前野から橋網様体脊髄路-一次運動野から延髄網様体脊髄路へ-一次運動野から脊髄前核を介してα運動ニューロンへ。このシステムの損傷は出力の低下を招きます。筋出力はこの命令を元に脊髄の情報処理機構に支えられながらα運動ニューロンに伝わるので、この乱れは最も筋出力を上げる筋収縮の順序性やタイミングを狂わせます。それでは出力が出なくなるのも仕方が無いですね。こういった側面は運動学習という言葉で表せます。出力を上げるには運動学習が必要なのです。

3-c)脊髄の要因

 脊髄はある程度協調性を構築する情報処理を行っていることは上にすこし書きました。その他、脊髄の出力は前根を伝って末梢に神経を出しているのですが、脊髄の構造上前根を形成する脊椎の椎間孔から出るのですが、頸部とか腰部の椎体はかなり稼働します。そのためその変形や動きによって椎間孔が狭くなったりすると、神経根を圧迫するので神経に伝わる情報効率が下がったりします。そのため神経終末まで興奮性が届きにくくなると筋出力は低下します。


 

その他たくさんの要因があるとは思います。栄養とか、栄養に絡んだ嚥下機能とか。まぁ、ちょっと思いつくのはこれくらい。

それでも普通に「筋力=筋肉の強さ」と捉えるよりかなり多くの要因で筋出力が成り立っているのがわかっていただけたかと思います。

そのため、筋力トレーニングという単純化された同一姿勢での出力練習が筋出力のためにどの程度効率が良いのかとか頻度はどの程度にしたら良いのかとはかどの要因がどのように関わるかによって結果が変化するものだと思います。

ですので、中枢神経疾患の運動障害において筋トレといった形のトレーニングはしない方が無難なような気がします。


 

さて、筋力の要因として筋肉その物の要因や関節可動域についてすこし書いたのですが、これらのアプローチには筋力訓練、関節可動域訓練と言われる手法が用いられ、研究をされています。

その現状における結論についてすこし書いておきます。

筋力トレーニングにおいては、頻度について週2~3回が良いとされています。また、筋力トレーニングなどをあまりしていない方においては週1回ぐらいが適当であるとの記載があるところもあります。

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjrmc/54/10/54_746/_pdf

サイトを一つ紹介しておきますが、筋トレの頻度について探すと毎日やると逆効果であると書いてあるところもあります。

やはり様々な要因の上に成り立っているのでやればやるだけ改善するといったものではないということなのでしょう。

筋力はADLとの関連性が指摘されているところでもありますが、筋トレの頻度は毎日やらない方が良さそうです。

関節可動域制限においても様々な研究がなされています。

残念ながら、急性期で関節可動域訓練を行っても拘縮の予防にはならないとの結果があります。

https://www.jstage.jst.go.jp/article/cjpt/2007/0/2007_0_A0651/_article/-char/ja/

単純にうごかしていないという要因が拘縮の主要因であれば関節を動かしてさえいれば拘縮はできないということになりますので、拘縮というものが動かしていないという要因のみではなくて、ほかに多彩な要因がある事が推測されます。

しかし、拘縮の程度のことを考えると臨床的にはしておいた方が良さそうに思います。特に循環系の問題解決は図った方が良いと思うので、単純に関節を動かすということではなくて軟部組織の隅々に思いを巡らすようにしていく必要があります。

急性期を超えた関節可動域制限についての細かな検証は少ないです。作ると回復が難しいから拘縮を作らないことが大切だという流れみたいですが、先に書いたように関節可動域訓練では急性期での拘縮予防の効果は少ないとの報告があります。さてどうしましょ・・・

関節可動域訓練の方法論の問題だと思うのですけれど。

臨床的な経験からの意見ですが、浮腫とか腫脹(炎症)が持続すると腱や靱帯、関節包などの原繊維を元とするfasciaの状態は変性して行きやすいです。その変性が起こると可動域が制限される印象が強いのです。

で、丁寧に浮腫や腫脹をとりながら関節周囲の軟部組織の状態を整えるように他動的にあるいは能動的に動かしていくようにすること、その可動域の使い方を動作の中で憶えていっていただくことが上手くいくと可動域は改善して行きやすいように思います。

ところが、医師の診察の際に曲げないといつまでたっても曲がらないという主張のもと、思いっきり曲げたり伸ばされたりしたあげくせっかく引いていた浮腫や腫脹がひどくなって痛みが強くなったりして可動域が再び阻害されるという場面に幾度となく遭遇しました。

「あいつ(医者のこと)はわかってない」と何度心の中でつぶやいていたことでしょう。

いや、わかっている医師もいるにはいたのですよ。

あ、話がそれました。

臨床的には軟部組織の環境を整えることもとても大切だと言うことを書いておきたかっただけです。ただ、軟部組織環境の調整には軟部組織を休息させる必用もあると思います。

直感的な推測ですが、人を含め動物の身体は神経系も筋などの軟部組織も活動をし続けることが可能な構造では無いと思うのです。

あ、これも話がそれています。


 

そうです。筋力です。

筋力と言われるもの。MMTでは0〜5で表現されるもの。握力であればKgで表現されるもの。

それがいかに様々な要因によって支えられているかを考えずに筋力訓練をするのは、例えば熱が出たから解熱剤だけを処方するようなものだと思います。

熱源が新型コロナによる肺炎なのか?尿路感染なのか?中枢性の発熱なのか?運動するだけでも熱は上がりますし、日に焼けた暑い車の中に数分いるだけでも熱は上がります。そんなことを一切無視して解熱剤を処方する人はいないですよね。

今の医療では発熱に対してしっかり原因検索をして最も効率がいい治療方針が選ばれているはずです。

リハビリにおける筋力(ま、関節可動域もそうですが)は、なぜ、単純に筋力強化訓練を処方されてそれをセラピストは毎日毎日365日続けるようなシステムが推奨されているのでしょうか?

筋力を指標にすることはいいのかもしれませんが、その獲得が目的になってしまうのであれば危険です。

「筋力を上げたい」「筋力はどうやったら回復しますか?」といったような言葉を聞くたびにこういう思考が頭をよぎってしまいます。


 


 

文中、分かりやすそうなサイトを二つ紹介してあります。当然もっとたくさんの文献やサイトがありますので、興味があれば時間をかけていろいろ調べてみてください。


 

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