無知の知


ソクラテスの言葉ですね。

セラピストにとって無知は罪だと思うのです。

医療情勢にしても解剖学にしても脳生理にしても。

知らないと言うことは、責任を持って接していないと言うことです。


学生時代に教わったこととか、臨床を始めて最初の頃に指導されたこととか。そのままで患者さんを診てるのはやっぱり罪深いと思うのです。

科学は不安定な物ではありますが、それでも進歩して色々なことがわかり、変化してきています。


それに適応していく必要があると思うのです。


最も罪深いのは、無知である事を知らないか認めようとしないセラピストです。


私は私の知識が正しいとか普遍的であるとかそんなこと、まったく思っていません。

私は自分が無知であり、技術的にも充分でないことを知っているので、少しでも多くの知識を得ようとして、少しでも技術的に高めようとしたので、新人、もしかしたら中堅と言われるセラピストよりより少しマシな知識と技術を得るに至っているだけです。

すべてを知ることは無理です。ですので、セラピストとは罪深い職種ではあります。

ですが、すべてを知ろうとすることは出来るはずです。


もちろん、これからもそれは変わらず、知識や技術を得ようとする姿勢を持ち続けることと思います。この仕事を続ける限りは。

まぁ、あまりそっちばかりやると倒れそうなのでほどほどにでは有りますけれど。


何も知らず、自分の知識と技術がすべてと思い、それを他のセラピストや患者に押しつけるセラピストをみると腹立たしく思ってしまいます。


この年にして、まだ反抗期ですね。


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