top of page

感覚障害

感覚は、現在の科学では表在感覚と深部感覚に分けられています。

深部感覚のことや、深部感覚と表在感覚を混在させて固有受容覚と言ったりもします。

固有受容覚ってちょっとわかりにくいですね。

話が変わりますが、私は以前、右母指のMP関節、尺側側副靱帯断裂をしたことがあるのです。で、遠位にアンカーを入れて靭帯を結ぶという整形外科的手術をしました。局所麻酔で手術をしたので痛覚は感じませんでしたが、母指の位置覚などは保たれていたのです。皮膚の切開が始まると、自分の親指が外側に向けて体から離れて行く感覚に襲われたのです。切開が進むにつれ、その感覚は強くなり、最後には、外側の皮膚。わずかな部分で繋がっているものの、かなり親指が手から離れて浮かんでいるかの様な感覚に襲われていました。手術が進んで皮膚を縫い始めると、徐々に親指が元に位置に戻ってくる感覚に襲われます。術中は視野に入らないので、感覚のみで位置を判していたのです。この時の経験から、位置覚とか運動覚とかいう感覚は深部感覚に分けられているものの、皮膚の連続性を保っていることなども手や指の位置の識別に影響を与えるのであろうと考え始めました。感覚受容器としては分けることができても、その各種感覚は結局、統合された感覚としてしか知覚・認識できないのであろうと考えています。

そもそもですが、たとえば位置覚(深部感覚)といわれるものは身体図式(Body Schema)と結びついていなければ、身体の位置を判別できる情報にはなりません。身体図式がさまざまな感覚情報が統合されたものであるので、たとえば、身体図式を形作る一つの要素である触覚(表在感覚)の異常は、位置覚の喪失に結びついても論理的にはおかしくないのです。

そういった経験から固有受容覚と言われるものは統合されたものと考えるようになったのです。

良くわかんないですけれどね。



話を戻します。

感覚の概念の起源は、アリストテレスが人が環境を知覚するための要素として哲学的に考察を重ねて五感という概念を提唱したのが始まりです。

五感とは、視覚・聴覚・触覚・味覚・臭覚のこと。現在では、それらに深部感覚と言われる位置覚・運動覚・振動覚・深部痛覚などや前庭感覚がある訳です。

さらに、脳生理学的な研究から、身体保持感覚や運動主体感覚などの感覚も言われる様になっています。

また、重力感覚、垂直軸感覚、時間の感覚なども話に出てくることがありますね。

まだこれから増えて行くかもしれないですね。

さて、これらの感覚は感じるとか感じない、あるいは鈍麻しているとかそう言った評価だけでは、実はちょっと足りません。

それらの感覚が通常どの様に利用されているのかと言ったことを理解しようとすることが大切だと思うのです。

それは、末梢神経系と中枢神経系の中で、感覚情報がどこでどのように処理されて、人がどうやって環境に適応するための有用な情報に加工しているのかを知ろうとすることにつながります。もちろん、ここでの情報処理は無意識化の情報処理です。


感覚情報は末梢から中枢神経系のあらゆるところで、環境に適応するための情報へと加工されているということを頭に置いておくだけで、脳卒中や脳性小児麻痺などの症状の分析やアプローチの方法、アプローチの結果などに対する考察が変わってくるのではないかと思います。


高草木先生の資料からです。

CNSによる感覚の情報処理、このどこが壊れても、情報は環境に適応するために統合されたものにはならないわけです。それがたとえ骨折などの外科的な問題が起きて末梢からの感覚情報が混乱したとしても、統合は困難になることが予想されますし、臨床経験からもそう言えると思っています。


整形疾患などもですが、特に脳卒中や脳性小児麻痺においては、感覚情報がどこでどのような処理までできているのかといったことがとても大事なんだと思うんです。

蛇足ですが、入力器である感覚受容器周囲の組織環境も大事だと思います。たとえば視床が損傷しているから感覚が鈍麻しているという評価なども一定の真実を示しているのでしょうけれど、そもそもその感覚受容器の周囲は感覚を取り込むのに適した状況でないことも結構多いのです。局所循環にも気をつけながら評価したり、感覚入力をすることって大事ですよね。

閲覧数:65回0件のコメント

最新記事

すべて表示

Comments


bottom of page