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2026年度 診療報酬改定の問題〜「早期離床信仰」は科学か?

2026年度(令和8年度)の診療報酬改定は、ざっくり言えば「早期・365日・アウトカム(ADL 等)重視」へ寄せつつ、反対に“漫然リハ(特に離床を伴わないもの)”は締める方向に進んでいるようです。SNSでも「離床なきリハ」の扱いが話題になっています。

ただ私は、ここで一つ、あえて不快なことを言います。制度の議論で頻出する「早期離床(早期リハ)を進めればADLやFIMが改善する」という語り方は、科学というより 信仰 に近い。少なくとも、科学の顔をした“便利な物語”として流通している場面が多すぎる。


もちろん、早期から身体を起こし、環境に触れ、活動を再開することが有益な局面はあります。問題は、そこで語られる“早期離床”が、あまりにも粗い概念のまま制度に埋め込まれ、あたかも万能薬のように扱われる点です。科学的議論とは、反証可能性を残し、条件を明示し、検証できる形に落とし込むことです。ところが制度設計の議論は、しばしば「早いほど良い」「起こせば良い」へ短絡する。これでは科学ではなくスローガンです。

まず、早期離床とFIM改善の“関連”が示されたとしても、それは因果関係を意味しません。現場の人ほど知っているはずです。早期から離床が進む患者さんは、循環動態や意識レベルが安定し、神経学的にも重症度が低いことが多い。逆に離床できない(させるべきでない)患者さんは、病態が不安定、合併症がある、脳浮腫や自律神経の問題が強いなど、「離床できない理由」を抱えている。つまり、離床の可否そのものが“予後の良し悪しを反映する指標”になってしまう。ここを区別せず、相関を因果として扱えば、「離床できる人が良くなるだけ」という選別(交絡)を、あたかも介入効果のように語ってしまう。乱暴に言えば、軽症者を集めて“早期離床は効く”と言っている可能性を常に疑わなければならない。


そして、もっと根本的な話をします。脳卒中急性期には“病理”があります。脳卒中後には神経炎症が起こり、代謝環境が大きく揺らぐ。炎症に伴うミトコンドリア機能・量の低下は、エネルギー産生の余力(代謝予備能)が落ちることを意味しうる。神経活動を増やせば当然エネルギー需要は上がりますが、供給側が弱っている局面で需要だけを増やすのは、理屈として危うい。さらに近年、アストロサイトが神経細胞を支える仕組みとして、ミトコンドリアの“やり取り”が議論されています。しかし炎症でアストロサイト機能そのものが低下しているなら、この救済機構は十分に働けないかもしれない。支える側が消耗している局面で、活動だけを上げる──これを医療として正当化するなら、相当きちんとした条件提示が必要です。

加えて、炎症がグリンパティックシステム(脳内の排出・清掃系)を低下させ、神経細胞外環境の劣化を招くという見方もあります。細胞外環境が荒れている局面では、興奮性・代謝性ストレスが残りやすい。そこで「離床=善」として活動量だけを押し上げれば、環境の回復を待たずに負荷を増やすことになり、病態を不利化させるリスクが理屈として成立します。要するに急性期には、「起こすこと」より先に、「起こしてよい状態か」「どの程度の負荷なら耐えられるか」を判断する必要がある。ここを飛ばして“早期離床”だけを点数で誘導するのは、病理に対する想像力が足りない。

だから議論すべきは“早期離床の是非”ではありません。問いはこう置き直すべきです。「どの病態で」「どのタイミングに」「どれくらいの用量(時間×頻度×姿勢負荷)で」「何を目標に」離床させるのが最適か。早期離床を科学として語るなら、病態の層別化とdose設計が不可欠です。もし制度として早期離床を推進するなら、禁忌や中止基準、循環・意識・炎症などの評価指標、そして層別後も独立してアウトカム改善が再現される根拠が必要です。これらが担保されないまま「早期離床」を合言葉に点数で誘導するなら、それは科学というより 行政誘導 と呼ばれても仕方がありません。

リハビリは、運動学や神経科学と同じくらい、病理学の上に成立する実学です。「早く起こしたから良くなった」と言いたくなる気持ちは分かります。しかし、良くなる人が早く起きているだけ、という可能性を疑わない議論は、もはや科学ではない。私は、早期離床を“正義”として制度化する方向に対して、あえて正面から異議を唱えたいと思います。科学は、都合の良い物語ではなく、条件と反証可能性から始まるのです。


※本稿は「早期離床の否定」ではなく、「一般化と制度誘導の粗さ」への問題提起です。


さて、以下はchatGPTに読んでもらって、炎上防止に擬似的なQ &Aを追加した方が良いとのアドバイスがありましたので・・・

(^^;;


Q1.「寝たきりは害。だから早期離床は絶対に正しいのでは?」A. 不動が害であることと、「早期離床がADL/FIMを改善する」という因果は別問題です。肺炎・DVT・廃用の予防として“起こす”ことに意味がある局面はあります。しかしそれを根拠に、神経学的回復まで「早いほど良い」「起こせば良い」に短絡させると、病態や用量(dose)の議論が消えます。合併症予防と機能回復は、同じ言葉で雑にまとめない方が安全です。


Q2.「早期離床とFIM改善のデータはある。現場でもそう感じる」A. 相関があることは否定しません。問題はその“相関”が、軽症・安定群の選別(交絡)で説明できてしまう点です。離床が進む人は、最初から循環・意識・神経学的に安定していることが多い。離床できない人は、離床できない病理学的理由を持っている。ここを層別しないまま「早期離床が効く」と言うなら、それは介入効果ではなく「良くなる人を拾った」可能性を排除できません。


Q3.「だから離床しないリハがダメなんでしょ?締め付けは妥当では?」A. 「漫然と、目的も評価もなく、床上で同じことを繰り返す」なら問題になり得ます。ただし、離床を伴わない介入が常に無価値という意味ではありません。急性期の不安定期や、循環・覚醒・自律神経の問題が強い局面では、ベッドサイドで行う介入が“次の離床”の条件を整えることもある。制度が「離床=善」に寄りすぎると、必要なベッドサイド介入まで萎縮する危険があります。ここは「離床の有無」より「目的・評価・中止基準」が本質です。


Q4.「慎重すぎると廃用になる。結局いつ動かすの?」A. だからこそ“否定”ではなく“設計”の話をしています。問うべきは「いつまで待つか」ではなく、「どの病態で・どのタイミングに・どのdose(時間×頻度×姿勢負荷)で・何を目標に」動かすかです。早期離床を制度で推すなら、層別(重症度・安定性)と禁忌・中止基準、用量設計がセットで必要です。


Q5.「病理(炎症・ミト・グリンパ等)は仮説でしょ?臨床に持ち込みすぎでは?」A. その通り、“仮説”の要素はあります。だから私は断言ではなく「可能性として成立する」「条件提示が必要だ」と言っています。科学の作法は、仮説を踏まえつつ反証可能な形に落とすことです。逆に、機序的リスクが想定されるのに条件設定なしで「早期離床」を一般化する方が、科学としては粗い。


Q6.「じゃあ、あなたは何を根拠に制度を批判しているの?」A. 批判のポイントは一つです。制度が「早期」を合言葉に点数で誘導するなら、本来は①病態層別、②dose設計、③禁忌・中止基準、④層別後も独立してアウトカム改善が再現される根拠、が必要です。これらが欠けたまま“早さ”だけが独り歩きするなら、それは科学というより行政誘導に近い、ということです。


 
 
 

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