高次脳機能検査

「半側空間無視の臨床所見および病態メカニズムとその評価 」という論文を読んでいて少し考えたことがあります。

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jalliedhealthsci/7/2/7_67/_pdf/-char/ja

人の行動には意識化されている物と無意識下に行われている物があります。

多くの日常生活動作は無意識下の情報処理に支えられています。

例えば朝、目が覚めたとき多くの人はタイミングの差があってもベッドからおきるという動作をします。このとき、何も意識に上る問題(例えば痛みとか、何でもいいです)があれば起き上がると言うことを意識するかもしれません。だけど多くの場合は何も考えず起き上がります。

ベッドのこの位置にこんな風に寝ているから、手をこうやって、あそこを持って、身体を横にして、肘で体重を支えて、足下ろして〜etcとか通常ほとんど考えることが無いはずです。

通常はベッドの形状や自分の位置、ベッドの反力、周囲の物品の位置などは無意識下で自然に情報処理されてさらに無意識下に起き上がりの動作プログラムを生成し、いくつかのプログラムから最も省力的な物で環境に適したプログラムを選択して起き上がっているはずなのです。

この際に大切になるのは受動的な注意や受動的な環境知覚の能力だと思います。

起居動作、更衣、節食、トイレ動作、歩行などの移動動作などなど多くの日常生活の動作は無意識下の知覚~受動的な知覚と無意識下の運動プログラム生成/選択に支えられているのでは無いかと思います。

多分、自分が朝どうしたかを考えると多くの人は共感していただけるのでは無いかと思うのですけれど。

日常生活動作で整容動作は少し特殊かもしれません、綺麗にしようと意識化することが予測されるのと鏡を使用する事が多いのでどちらかというと能動的注意を働かせる機会が多い気がします。女性であればお化粧、男性であればひげそりなどは特にそうです。

さて、多くの動作が受動的な知覚に支えられているとすれば、高次脳機能(ここでは分かりやすくするため失認/失行という言葉を用います)の障害に対する検査は失行の検査にしても失認の検査にしても本来あるべき受動的な情報処理を検査するものは少なく、能動的な注意、認知、行動選択、運動選択の検査になります。

当然その検査の改善を目的としたアプローチは能動的な注意の使用や能動的なプログラム選択を主としたアプローチになっていきます。これでは、検査上で改善しても日常に必要とされる受動的な注意~知覚~運動プログラム生成~プログラム選択といった本来あるべき能力の改善に結びつきにくく、実際の日常生活動作に汎化されにくい結果となると予想されます。

学習の段階で意識化、つまり能動的注意や能動的な知覚~運動プログラムの選択といった情報処理を使うことは当然あるのでしょうけれど、その能動性の中にも受動性の注意や知覚は影のように存在しているはずで、そこに注目し、評価する必要があるのだと思うのです。

ただ、受動的注意や知覚の評価は机上ではおそらく出来ません。「座って検査をする」と言った時点で通常の環境とは違いますし、通常より強く能動的注意に対する情報処理が優位に立つと考えられるからです。

受動的な注意や受動的な知覚はどう評価すべきかという事を考えると、本質的には観察と分析、推論の中でしか出来ないというような気がします。

紹介した論文の中には@ATTENTIONという検査が紹介されていますが、これは使ったことも見たこともないのでよくわかりません。

しかし、少なくとも「今まで存在する多くの認知機能や失行の検査や評価は、その結果から障害の存在の判断、障害の回復の程度を判断、日常生活上の影響、アプローチの方向性を決定することなどの為には不十分な情報しか出すことは出来ない。」ということはいえるのでは無いかと思います。

既存の検査で、何らかの障害の存在は示すことが出来るかもしれませんが、検査上で出なかったから障害がないと言うことは言い切れず、その程度も判別が困難であることが多すぎるのです。

そういった意味では、そういった検査にかかる保険点数や検査者の解釈のための負担、非検者の負担、必要とされる非検者と検者の時間などのことを考えるとコストパフォーマンスが著しく悪いと思うのです。

観察を詳細にしながらアプローチする方がコスパはいいように思うのですけれど・・・




真実はいつも霧の中・・・

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