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頑張らないと良くならないという幻想

脳卒中のリハビリテーションにおいて、医師やセラピストが「頑張ってリハビリしないと良くならないよ!」とか、「頑張ってリハビリして家に帰ろう!」〜意味的には頑張らないと良くならないと同義〜と患者さんに言っているのをよく聞いたりしてました。

病院に勤めていた時、私はこう言った言い方に強い違和感を持っていました。

今でもですけれど。(^^;


当時は、「リハビリテーションに積極的な人がよくなると言った傾向があったとして、それは脳や身体の状況が頑張れる状態である人がよくなっているだけで、頑張れない人は頑張れない理由があるんじゃないの?」と単純に考えていたのです。

そして、そうした声かけは返って「脳損傷は良くならない」という情報を脳(の記憶)に刻み込んでしまって、麻痺側肢の不使用につながったり、ストレスになって回復を遅らせるのではないかとなんとなく思ってました。


さて、先日「脳と免疫の謎」という本を紹介しました。

その本を読んで、もしかしたら「頑張らないと良くならない幻想」がもしかしたら違うかもしれないという思いが、少し説明できるのではないかと感じたのですね。


頑張れないという状況というのは脳の情報処理的に報酬系が働きにくい状態だと思うのですね。脳が活性化してないというか、活動性を出すぐらいの情報処理が起こしにくいと言った感じですね。🤔

これには様々な要因が考えられます。身体的な要因〜痛みなど〜はちょっと省いて、脳の情報処理上では3つぐらいの要因が思い付きます。


ひとつは覚醒の問題です。

脳の情報処理というのは、覚醒状態で最も効率よく外的環境情報を集め、行動を適切に制御することができるわけです。

覚醒というと視床の働きが思い浮かびますね。

視床は、睡眠時はバースト発火と呼ばれる状況なのですが、この状態の視床にアセチルコリン/ノルアドレナリン/セロトニン/ヒスタミンなどの神経伝達物質を加えると、単発火モードに切り替わり、その状態が覚醒状態です。

そして、青斑核からのノルアドレナリンや背足縫線核のセロトニンなどが前脳基底部に投射されることで、前脳基底部のアセチルコリン神経は調整され、広範囲投射系でアセチルコリンを脳全体に投射していくことになります。

アセチルコリンの大切な役割として、神経細胞の興奮性を抑える働きがあって、それが脳の各部位で適切な情報を次々と切り替えていくことによって変革する環境を経時的に捉えていくことができるのだと思います。皮質の働きは基底核に入力され、基底核ループに入るのですが、一部は脚橋被蓋核に投射して、脳幹網様体に対するアセチルコリン投射の調整をします。おそらく、そうした伝達物質の濃度によって調整された感覚情報が視床に投射されることで適切な覚醒状態を維持させているのではないかと思うのですね。

脳損傷によって、どこが壊れたとしても、この覚醒のメカニズムは不調をきたすことになります。

特に急性期、損傷を受けた周辺部位は浮腫などを起こしている場合がありますよね。その場合、損傷周辺の細胞外環境は情報処理には不適切な状態になっているはずなのです。

その状態で、精神論で「頑張る」と良くなるというのは医療的に合理的な判断には思えないですよね。それが罷り通るなら怪我や骨折なども気合いであっという間に治るという理屈になっちゃいます。

どの様な刺激が、そうした伝達物質の流れをスムーズにするのか、その刺激の種類と頻度を考えていく必要がありますよね。それをセラピストの介入の仕方と、その人の反応を見ながら適正な頻度を考えていくといった方が医療的な介入だと思うのです。

そこに「頑張らないと良くならない」といったイメージを植え付けて、ストレスを与えていくのはかえって、脳疲労を起こしやすい状況を作り上げていくことに繋がりかねないので、こういった時の介入時の言葉にはことさら注意が必要だと言えますよね。


二つ目は脳の血流不足による中枢性疲労の問題がある様に考えているのです。

脳血管損傷では脳の血管が詰まったり、出血して血腫を作ったり、炎症(浮腫)が起きたりすることで、大なり小なり局所的な、あるいは全体的な血流不全を起こします。

脳の神経細胞の働きに大切なエネルギーであるとか酸素であるとかは、血液が脳に運び、血管から間質液として滲み出て各細胞に行き渡る様なイメージだろうと思います。

脳血管損傷後、急性期から亜急性気にかけては特に、これが阻害されているのだろうと思うのですね。

ですから、中枢性疲労を起こしやすい状況にあると言えます。

実際臨床場面では、発症後間もない介入で、手指の動きとかを促通していくと、一旦動きが出現しますが、しばらくその動きを続けるとあっという間に動きが乏しくなって動かなくなるということを経験されておられる急性期のスタッフは多いのではないでしょうか?

これなどはおそらく、血流不全と神経細胞外成分の変化によって説明できるのではないかと思います。

特に脳損傷後はグリンファティックシステムの働きなどによる神経細胞外環境の改善が起きにくくなっていますので、破壊された神経細胞内のK+が細胞外に放出されているような神経細胞外環境にあるわけです。

正常な状態では、間質液のK+の濃度が低くカリウムイオンチャンネルが開いた際にK+が外に出ることで膜興奮の後に電位を下げる作用があるので、細胞外にK+が沢山あると、細胞外にK+を出すことが困難になって、この作用が上手く働か無くなり細胞は興奮しっぱなしの状態になるのではないかと推測します。そうすると生き残った神経細胞も、興奮性を下げることができずエネルギーを使い果たして、せっかく脳血管疾患後に生き延びた神経細胞も最悪神経細胞死を起こすことになることが推測できます。

このあたりのことは、毛内拡先生の「脳を司る「脳」」という本に書いてあって、私が理解した範囲のことで、自分なりに本やネットの情報でも調べたことです。

これらの推測を交えた事柄がある程度正しさを持っているとすると、このような状態では、過度の刺激はかえって神経細胞に負担をかけ、興奮毒性を引き起こすリスクがあることになります。したがって、慎重なモニタリングと段階的な刺激設定が求められるのだろうと考えています。

さて、こうした時に「リハビリテーションを頑張らないと家に帰れない」と言って頑張っていただく事は果たして適正と言えるでしょうか?


三つ目は報酬系の問題です。運動学習の問題とか鬱的な気分障害の問題と言い換えてもいいのかもしれません。言うまでもありませんが報酬系〜ドーパミンやセロトニンなどの神経伝達物質は、シナプス伝達に関わっていて運動学習にも大きく影響を与えています。(言い切って良いのかなぁ。良いと思うけど…)

例えばドーパミン経路。この経路の障害は、基底核による運動学習に強く影響を与えているはずです。

ドーパミンは側坐核にも投射していますね。側坐核は動機づけに関わる領域とも言われています。これをドーパミン投射が(部分的であったとしても)調整しているわけです。やる気のなさとか、鬱的な状態というのはこう言った側面も影響を与えている可能性があります。

鬱に対するモノアミン仮説は現在様々な論議がある様ですが、鬱の様な気分障害は脳の炎症が引き起こしているのではないかと言う「脳の炎症仮説」の見方が近年言われ始めている様です。

脳損傷後は、脳は炎症状態にあると言えますので、こうした気分障害は起こり得るのだろうと思うのですが、そうした視点から言えば、脳の免疫システムとしてのグリンファティックシステムが重要だと言えそうですよね。

こうした気分の問題は、心の問題と捉えるより脳の問題であると捉えて改善方法を探ることが大切そうですよね。

まぁ、こうした気分障害が考えられる人に対して「頑張れ」と言った声かけをする様な人は現在では少ないとは思いますが、私が病院に勤めていた頃は結構見かけていました。


さて、思いつく3つの事柄について、「頑張れない人は頑張れない理由があるんじゃないの」という視点を私の知っている(あるいは理解している)脳科学的な立場から解説をしてみました。

いかがだったでしょうか?



以前、小脳性失調の人が立位の練習で立って揺れているのを見かねたPTが「止まれ!」と叫んでいたという話を聞きました。

気持ちはわかりますが、荒唐無稽なお話ですよね。

自身の努力で止まれるモノなら止まっているわけです。


頑張れない患者さんに、「頑張って!」というのは、それと同じぐらい荒唐無稽なお話なのではないかというお話でした。

(๑>◡<๑)


あ、蛇足ですが、私も「頑張って」と声掛けすることはありますよ。

それは例えば、今ここで、この部分の出力を増したら感覚情報が強くなって成功体験につながるであろうと考えたりする様な時、成功した際は「上手です」「うまい!」「素晴らしい!」とか言える様なことが予測される場面などでは「此処をガンバってみて!」言った声かけを用いたりもします。

(失敗したりすることもありますけれど。それは患者さんやご利用者さんには内緒で(^^;)


こうした声かけをする際は、漠然と精神論にしないという配慮が必要なのではないかというお話なので、誤解をされない様にお願いいたします。

m(_ _)m


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