非意識下で意欲を生み出す情報処理システム

更新日:6月10日


意識というのは不思議ですよね。大脳は大きく二つに分かれています。ですが、意識というのは1つです。例えば、前頭葉や高次運動野が基底核ループで意識的な運動をつくると言うことが行われているのであれば、意識は2つ存在していることになります。

それにもかかわらず、意識は1つなのです。

実は脳損傷ではあたかも意識が二つあるような動きになる場合があります。「他人の手症候群」と言われる症状です。片手がボタンをはめていたらもう片方の手がボタンを外したり。トイレでズボンのチャックを下ろしていたらもう片方の手がチャックをあげたり。

その症状の説明はここではしませんが、その症状においても、意識は一つなのです。ボタンを閉めたいという意識と開けたいという意識が同時に存在しているわけではありません。

それを考えると、ガザニガ先生が書かれているように、左脳に運動出力が送られて意識が生成されるというのはなんとなく正しい気がします。

意識の一つの形に捉えられやすい概念に「意欲」があります。

ガザニガ先生の「人間とはなにか」という本でアメリカの神経科学者、ルドゥーの言葉を紹介されています。

「常識には反するが、意識されている感情は情動反応を生み出すのに必用とされない。なぜなら、情動反応は、認知プロセス同様、無意識の処理メカニズムによるものだからだ。」

情報処理のメカニズムを考えたことのある人であれば納得されるのではないでしょうか?

そして、この本には1962年コロンビア大学のスタンリーシャクター/ジェリー・シンガーによって行われた実験の記載があります。

被験者達にエピネフリン(アドレナリン)を注入して、実験者達が用意した人に引き合わせます。その人は、幸せいっぱいの振る舞いか、腹を立てている振る舞いのどちらかを被験者の方達にみせます。

エピネフリンは交感神経系を活性化しますので、心拍数の増加/手の震え/顔の紅潮などの変化が起きます。

被験者は、2つのグループに分けられます。ひとつはエピネフリンの効果について知らせているグループ。もうひとつは知らせていないグループです。

効果について知らされているグループは、動悸などの原因をエピネフリンのせいにしたそうです。

しかし、知らされていないグループは自律神経系が興奮した原因を周りのせいにしたとのこと。例えば、幸せいっぱいの人物に接触した被験者は元気づけられたと報告し、怒った人物に接触した人は怒りがわいたと報告したそうです。

これは、人間が事象についての説明をひねり出す傾向にあることを物語っていると分析しています。

私たちは自律神経が興奮すると、どんな理由であれ、正しかろうと間違っていようと「理由を説明」せずにはいられなくなるというわけです。

ということは、患者さんの不安や意欲が出ない要因など聞くだけ無駄と言うことになりますね。患者さんの脳が適当に作り出さした情報を聞いても本質とは違う可能性があるのですから。ある意味、あらゆる言語を介した検査は本質とは異なるといえるのかも知れません。

傾聴をしないで良いと言うことではありませんよ。(^_^;)

話をよく聞きながらも、そのときの表情や言葉のスピード、タイミング、表情、四肢の情動に関わる動き。その他様々なものを見ながら、なぜ、現在の情動や表出が形作られているのかという本質を常に探っていくことも一緒におこなう必用はあると思うんです。

そうすれば、何に対して働きかけるのかと言うことも解ってきますし、変化も捉えやすくなる気がしています。

大切なのは、表出されている感情とか意欲というのは、様々な情報処理がなされた最終結果にしか過ぎないという事実を忘れないことだと思っています。


大雑把に言ってしまうと、非意識化で意欲を生み出す情報処理システムっていうのは「快適な身体情報に基づくなにかしらの報酬系が促通される予測」にしか過ぎないのかもしれません。

だとすれば、意欲が行動を作るのでは無くて、環境情報と身体情報が織りなす多様性のある行動を作る神経学的基盤とその表出が、私たちには「意欲」に見えると言うことなのかも知れませんね。

そこは仮説/臨床推論でしか説明できないところですけれど。大切そうな気がしませんか?

(*^_^*)/



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