身体認知と行動選択




体の条件が異なったら取りうる行動の選択も変化しますよね。

図は、小川とカヲル君(「セラピースペースながしま」専属モデル(^^;)です。

Aは、体が小さくてどう考えても川を渡るのは無理だと思っているところ。

Bは、体の大きさと体の運動能力としては飛び越えられそうだと思っているところ。

Cは、余裕でまたげるので躊躇無く渡っているところです。


外的環境情報が行動選択に関わるのではありますけれど、行動を選択する基準は自分自身の身体図式や身体図式を元にして生成される行為主体感覚、身体所有感などの身体情報が大切です。

側頭頭頂連合野で生成されている身体図式は、高次運動野に送られると同時に高次運動野が選択した運動プログラムのエファレンスコピーを側頭頭頂連合野が受け取ることで身体所有感を産むと考えて良い物と思います。そしてその情報が運動出力結果として上行してきた感覚情報とマッチしたときに行為主体感覚になるのかもしれません。あれ?逆かな?(minimal self)

これは、脳の構造的には運動野と感覚野が上縦束で相互的に情報をやり取りしているシステムによって支えられている物と考えています。

そうして身体図式は刻々とアップデートしながら有るのですけれど、それが外的環境に対して起こすべき行動を制御していると考えると結構わかりやすいのでは無いかと思います。


さて、Aの大きさを認知しているカヲル君はおそらく川の流れを見て飛ぼうと考えたときに怖さを感じるのではないでしょうか。たぶん無理そうだから・・・。実は飛べるかもしれないのですが、その恐怖は辺縁系などから縫線核に伝わり、セロトニンが結構出てしまっているかもしれないですね。それで起こるのは共収縮です。これからちょっと恐怖に打ち勝って飛ぼうと考えて体がガチガチになるケースって結構想像できますよね。

多くの場合はそのジャンプは失敗に終わりそうです。

何度も何度も失敗して川にドボンと落ちて流されそうになったりした経験があったらそれは記憶されて、川を見た途端に向こうに行くのを諦めてしまうようなやる気のなさにつながるかもしれないですね。逆になにかのきっかけで飛ぶことが出来たりなんかしたら体の大きさが違うのにも関わらずBの図のように積極的に飛ぼうとしちゃうかもしれません。(narrative self)


Cの図では、余裕を持ってまたいでいます。体の大きさからこのくらいの大股のステップなんて日常的になにかの時にしていたのでしょう。ですので、どのくらいであればまたげるかなんて既に経験済みです。なんの怖さもなくまたぎます。

だけど、少し考えてみてください。この身体条件であったとしても、図では解りませんが体に痛みであるとか可動制限があるような場合、或いはさっき転んで膝を痛めてしまった場合なんかはきっと躊躇しますよね。

可動制限であるとか、痛みであるとかの感覚情報は上行して身体図式に影響を与えます。ですから、行動選択にも影響することになります。そう言った場合はこの体の大きさでこの川を見たときも、少し怖さを感じてしまうかもしれないです。

またぎきれないかもしれないという怖さ。

身体条件というのは環境知覚にも影響を与えるんです。


片麻痺の人が立っただけで怖がっておられたりするのはこういった要因が考えられます。

そう言った怖さを感じておられたら立ち上がる事ってきっとおっくうになると思うんですよね。(以外にそう言った人はやる気が無いと言われちゃったりして・・・そうだったらかわいそうですよね。(^_^;))

誰だって、立つたびに怖かったり痛かったりして、それが繰り返されて立つと思っただけで痛みや怖さを感じてしまうようになってしまったら立つのがおっくうになりますし、それでも立たなければならなければ、途中で書いたように過剰にセロトニンが放出されてしまって身体がガチガチになっちゃうかもしれないですよね。


ほら、姿勢や運動とか知覚とか認知とか。心と体。だんだん一緒になった気がしませんか?


姿勢と運動は知覚とか認知と言われる物に影響を与えます。逆に、知覚とか認知という物も姿勢と運動に影響を与えています。

これは前頭葉と頭頂葉が相互に接続しているから起きていることですし、それであるからこそ、外的環境に適応していくことが出来ているのでは無いかと思います。


面白いですね。


最後ですが、自我とか自己とかはまだ充分に科学的にとらえることが難しいのです。

最近いくつかの本を読んでいるのですが、どうやらヒトの脳はヒトの脳を理解するようには出来ていないというのが現在解っていることのようにも見えます。

脳はあらゆる情報になにかしらのバイアスをかけて知覚しています。ですので本質的な客観性を持ち得ないとも言えちゃったりするかもしれません。それを踏まえた上で脳科学とか、人の動きであるとか脳損傷後の運動や行動選択などを理解しようとすることがきっと大事なんだろうなぁと思います。


何だか偉そうに聞こえちゃったらごめんなさい。<m(__)m>

おわかりでしょうけれど、私は脳の研究に関しては研究者ではなくて利用者もしくは傍観者です。(*^_^*)


閲覧数:70回0件のコメント

最新記事

すべて表示