リハビリテーションの効果には、医学モデルによるリハビリテーションの効果と社会モデルによるリハビリテーションの効果があると思うのです。
医学モデルにおける脳卒中リハビリテーションの効果というのは、脳の損傷による脳の情報処理上の問題に対応しているべきだと思うのですね。
一方、社会モデルでの脳卒中リハビリテーションの効果というのは、社会モデルでの障害の捉え方による障害の改善・解消という事になりますので、社会的状況の様々な要素〜工業の発達による道具の開発・発達、バリアフリー・ユニバーサルデザインなどのインフラの整備、福祉制度・支援などによる障害の解消が効果という事になります。
医学モデルの障害と社会モデルの障害のリハビリテーションの差を大雑把に考えてみます。
ここでは、視力障害というものを考えてみます。
視力障害の様々な医学的要因というのはあるのですね。リハビリテーションに関わる部分に於いては、例えば眼球運動であるとか、姿勢制御障害による頭部循環障害が考えられる場合とか色々です。そういった事に対応して結果的に視力が改善することがあったとすると、それは医学モデルに基づくリハビリテーションという事になると考えられます。
社会モデルというのはちょっと解りづらいかも知れないですね。
工業の発達による障害の解消というのは、例えば視力障害に対するめがねの使用なども含まれます。めがねが存在しない時代に於いては、視力障害は生死に関わる障害となる訳ですが、めがねがあることで一定までの視力障害は障害ではなくなる、つまり社会からは解消された障害という事になります。ですので、めがねという道具の処方がリハビリテーションになる訳ですね。或いは視力障害があっても安全に移動できるようなインフラの整備であるとか、ユニバーサルデザインであるとか。さらに、介助者や介助犬を福祉政策で視力障害者に配分するという方法も、大きな意味合いに於いてはリハビリテーションと言っても良いのかも知れません。
そういった側面から考えると、脳卒中片麻痺歩行機能のリハビリテーションに関して、例えば、装具というのは社会モデルによるリハビリテーションという事が出来ます。
ちょっと検索してみると2019年の日本義肢装具学会誌に「脳卒中片麻痺に対する装具療法と今後の展望」という論文を見つけることが出来ます。
これを例に考えてみます。
この論文では、リハビリテーションの時期を急性期・回復期・慢性期に分けて、「脳卒中ガイドライン2015」を参考にしつつ、脳卒中リハビリテーションにおける装具利用の意味、効果などを研究したようです。
以下に紹介する図は、慢性期の部分からになります。

この図に関する説明の部分を引用させていただきます。
「短下肢装具使用の有無による fNIRS 装置を使用して大脳皮質表層血流動態研究(図 2)19)では,装具なし歩行では装具歩行に比べ病巣側運動前野,両側補足運動野,非病巣側運動前野,内側一次運動野,病巣側外側一次運動野と推定される箇所にて有意な増加がみられた.短下肢装具の使用では,前頭葉の運動関連領野の活動が限局されていることが確認された(図 3).このことは,装具歩行ではパターン化された前頭葉の運動関連領野の活動に限局されているが,装具なし歩行では,内反出現や立脚期における不安定が多くの領域の活動が拡大したと考えられる.」
引用はここまで。
本文では、このことの紹介をメリットのように書かれておられるだけで、これが効果であるとか、だから装具を利用すべきと言う結論を出しておられないので好感が持てるのではあります。(*^_^*)
ただ、医学モデルからのリハビリテーションの効果として捉えようとするのであれば、少なくとも、
1)健常者の裸足、杖非使用時歩行時の脳活動領域と、この片麻痺患者さんの裸足、杖非使用時脳活動領域の差をあらかじめ明確にする。或いは健常者の裸足、杖使用時の脳活動領域とこの片麻痺患者さんの裸足、杖使用時の脳活動領域の差をあらかじめ明確にする。
2)装具使用による歩行訓練・自主練習、装具非使用でのリハビリテーション・自主訓練を一定期間実施する。(その際、それぞれの歩行訓練、リハビリテーション、自主訓練の方法や目的などは明確にしておく)
3)歩行訓練・リハビリテーション・自主練習実施後、この片麻痺患者さんの裸足、杖非使用時脳活動領域の差を改めて測る。あるいはこの片麻痺患者さんの裸足、杖使用時の脳活動領域のさを改めて測る。
4)それぞれの計測データに変化が起こればその変化に対して、変化が起きなければ変化がなかったことに対して考察を行う。
パッと考えても、こう云った手順が必用だろうと思うのですね。
そういった手順を踏まえていないので、この論文では、結論として装具を利用した方が良いのではないかとかそういった結論までたどり着くことが出来ていないのでは無いかと思うのです。
つまり、医学モデルの障害と社会モデルの障害が概念的に混在しているために一定の結論にたどり着くことが困難になっていると考える事も出来そうに思うのです。
おそらく、多くの研究が障害のもつ多面的な意味合いを考慮せずに書かれている可能性はあるかと思うのですね。基礎研究と言っても良いのかどうか解りませんが、脳卒中の歩行の基本的な機能などに焦点を当てた研究では、結構医学モデルと言えると思われるものも多いのですが、多くの母集団を対象とした効果判定の研究では、医学モデルと社会モデルが混在しているものもが多い可能性はあるかと思うのです。
そういえば、2024年度診療報酬改定では回復期リハビリ病棟に『2週間ごとのFIM測定』が義務化されたそうです。
回復期リハビリ病棟に勤めるリハビリテーションスタッフからは、リハビリをしようとしてもFIMを取るのに時間が取られるという声もちらほら聞こえてきたりします。
では、FIMとはどの様なものなのかをちょっと思い出してみますね。
(オボエテナイノカヨ・・・(^_^;))
FIMの評価表を見てみましょう。

項目としては、大きく、運動項目と認知項目に分かれています。
運動項目はさらにセルフケア・排泄コントロール・移乗・移動という中項目に分かれ、それぞれにさらに下位項目を持っています。
認知項目は、コミュニケーションと社会的認知という2つの中項目に分かれていて、それぞれに下位項目を持つ構造ですね。
点数の付け方ですが、
▶︎ 運動項目の採点基準
◎7点(完全自立)
補助具または介助なしで「自立」して行える。
◎6点(修正自立)
時間が掛かる。装具や自助具、服薬が必要。安全性の配慮が必要。
◎5点(監視・準備)
監視、準備、指示、促しが必要。
◎4点(最小介助)
手で触れる以上の介助は必要ない。「75%以上」は自分で行う。
◎3点(中等度介助)
手で触れる以上の介助が必要。「50%〜75%未満」は自分で行う。
◎2点(最大介助)
「25%〜50%未満」は自分で行う。
◎1点(全介助)
「25%未満」しか自分で行わない。
▶︎ 認知項目の採点基準
◎7点(完全自立)
複雑な事項を「自立」して一人でできる。
◎6点(修正自立)
時間がかかる。投薬している。安全性の配慮が必要。
◎5点(監視・補助)
監視、準備、指示、促しが必要。簡単な事項に介助が10%未満必要。
◎4点(最小介助)
「75%以上90%未満」は自分で行う。
◎3点(中等度介助)
「50%〜75%未満」は自分で行う。
◎2点(最大介助)
「25%〜50%未満」は自分で行う
◎1点(全介助)
「25%未満」しか自分で行わない。
ということですね。
運動項目を見てみます。
採点基準で言えば、介助の程度によって1〜5点が分類されていますね。介助というのは他者の介入です。社会モデルの障害という概念では、介助者は道具と見做されますので、1〜5点は社会モデル上の障害評価といえます。6点は装具や自助具などの利用ですので、ここも社会モデルの障害評価と言えますね。7点は補助具も介助者もないので医学モデルのように見えますが、これは単に自立しているか否かを点数化していて、例えば、更衣動作で片手で衣類の着脱が出来ていても、麻痺側を利用して両手で衣類の着脱が出来ていても7点です。
更衣動作に於いては、両手を使用することを手伝ってリハビリテーションを実施した方が、麻痺側上肢の動きを回復させる可能性が高い場合も多いと思うのですが、片手で自立している患者さんにそういったリハビリテーションアプローチを日常生活で徹底しようとすると、FIMの得点は7点から3点以下に下がってしまいます。
歩行なども、手早く6点まで上げようとすれば当然装具を利用する事を早期に考えた方が手っ取り早いのではありますが、それは医学モデルにおける障害の回復とは言えないと思うのですね。
FIMと云った評価が必要ないといっているわけではありません。
保険医療財政の節約を考えた場合、早期の自立は必用ですし、それを望まれる患者さんが居られることも知っています。
それに、社会モデルの障害の見方も有用ですし、それを知っておくことも大切だと思うのです。
ただ、医学モデルに置いても、リハビリテーションの効果を判定する手段をもっと見つけるべきだろうと思いますし、それをせずに、医療的リハビリテーションと呼ぶのはいささか違和感も感じるのです。
厚生労働省が、医療費削減のためにFIMを診療報酬に関連付けるのはある意味仕方が無いことかも知れないですが、それは医療の質〜医学モデルの障害へのリハビリテーションの質を問うものではなく、リハビリテーションの効果の一部として捉えて、診療報酬上必用な頻度を減らしても良いのでは無いかと思うのです。
でないと、FIMを基準にした脳卒中リハビリテーション効果の研究に於いて非麻痺側で日常生活の自立を目指す手法や装具と杖を利用した歩行訓練が最も効果が高いという結果が予測され、両手動作、麻痺側上肢の動作などのリハビリテーションや装具や杖を使用しない歩行のリハビリテーションは軽視され、非麻痺側による片手動作訓練や装具や杖を利用した歩行訓練が主となってくることになります。そうして装具や杖を外していくとか麻痺側の手を使っていくようなリハビリテーションアプローチは医療保険下では衰退していくことになると思うのです。
以上の事柄は、星加良司さんの「障害とは何か」という本を読み、現在の医療をめぐる状況下では、障害の医学モデルの側面と社会モデルの側面はきちんと分けた方が良いのではないかという事を感じたのですが、それをちょこっとだけ考えてみたところなのです。
病院にお勤めの、PTやOTの皆さんは、収益のために単位数ギリギリまで患者さんを診ながら、書類作成に奔走するという時間がいくらあっても足りないような状況で、さらに働き方改革という時間制限も加わり、何時も本当に大変なことと思います。
そんな余裕のかけらも感じられない中、臨床以外の本を読むという事は難しいのだろうと思うのです。
だけど、今の時代だから、なんとか社会の動向を知るために広く情報を集められた方が良いと思います。
ただ、本当に時間が無いだろうとは思います。
(^_^;)
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