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脳の可塑性とミトコンドリア

― 中枢性疲労を代謝の視点から考えてみる ―

現在の脳科学では、脳に可塑性があるということは、ほぼ定説として受け止められています。脳損傷後、元の状態に完全に戻るわけではありませんが、神経回路の再編成によって「今より動きやすくなる」「できることが増える」といった変化が起こり得ることは、臨床でも日常的に経験されているところだと思います。

一方で、現場にいると、

  • 疲労が非常に強い

  • 刺激量を増やすと調子を崩す

  • 一見できているのに、持続しない

といったケースにも、しばしば遭遇します。

こうした状態は、単純に「可塑性を引き出せばよい」という説明だけでは、少し捉えきれない印象を受けます。


可塑性の前に、エネルギーの話を

シナプス可塑性や神経回路の再編成といった現象は、情報処理の問題として語られることが多いのですが、そもそもそれらはエネルギーを消費する現象です。

神経活動そのものに加え、

  • イオン勾配の回復

  • グリア細胞による環境調整

  • ネットワーク全体の再構築

これらはすべて、ATP供給を前提としています。

このエネルギー産生の中心にあるのが、ミトコンドリアです。


脳損傷とミトコンドリア機能

虚血性脳卒中や頭部外傷では、

  • 低酸素・虚血

  • 再灌流に伴う活性酸素の増加

といった事態が避けられません。

その結果、

  • 呼吸鎖機能の低下

  • ミトコンドリアDNAの損傷

が生じ、細胞死に至らないレベルのミトコンドリア障害が残存することが考えられます。

この状態では、

活動は可能だが、持続できない

という状況が起こりやすくなります。

臨床でよく見る「中枢性疲労」は、こうした代謝的背景を考えると、かなり納得がいく部分があります。


炎症性サイトカインの影響

脳損傷後には、炎症性サイトカインの放出が起こります。

これらは単なる炎症の指標ではなく、

  • ミトコンドリアのエネルギー産生を抑制し

  • 新たなミトコンドリアが作られる経路にも影響を与える

ことが知られています。

特に、高エネルギー外傷やびまん性軸索損傷を伴うケースでは、炎症が局所にとどまらず、脳全体の代謝状態に影響を及ぼしている可能性が高いと感じます。


「あるのに使えない」疲労

最近注目されているのが、ミトコンドリアの融合・分裂や細胞内輸送といった「動態」の問題です。

脳損傷後には、

  • 微小管障害

  • Ca²⁺恒常性の破綻

などにより、

ミトコンドリアは存在していても、必要な場所に十分届いていない

という状況が起こり得ます。

これは、

  • 途中までは課題をこなせる

  • しかし急にパフォーマンスが落ちる

といった臨床像とも、よく一致します。


炎症が強い時期の介入をどう考えるか

炎症が強い時期の脳では、

  • エネルギー産生は低下している

  • 刺激による消費は増えやすい

という、いわば収支の合わない状態にあります。

このタイミングで情報処理量を増やすことは、結果として回復を遅らせてしまう可能性も否定できません。

この時期に見られる、

  • 強い眠気

  • だるさ

  • 集中困難

といった症状は、「怠け」ではなく、脳が自分を守るための反応として理解した方が自然に思えます。


「いつから再開するか」という問い

炎症がどの程度治まったかを、画像だけで判断するのは難しいのが現実です。

そのため重要になるのは、

刺激を入れたあと、きちんと回復できるか

という視点です。

  • 疲労が翌日に持ち越されない

  • 睡眠や自律神経の反応が破綻しない

こうした反応が見え始めたとき、少しずつ情報処理を再開していく余地が生まれるのではないかと考えています。


可塑性より、まず恒常性

脳の可塑性は、安定した代謝環境があって初めて働く性質だと思います。

「変えよう」とする前に、「壊れない状態を保つ」。

回り道に見えて、実はこれが一番の近道なのかもしれません。


おわりに

脳損傷後の易疲労性や中枢性疲労は、心理的な問題というよりも、代謝・炎症・ミトコンドリア機能を含めた病態生理の一部として捉え直す必要があるように感じています。

可塑性を引き出す前に、まず「可塑性が働ける脳の状態」を整える。

この視点が、訓練量や介入の組み立てを考えるうえで、ひとつのヒントになればと思います。



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