痙性についてはよくわかってはいないのですが、ざっと調べてみても伝達物質から説明した物はあまりなさそうです。
ですので、臨床推論というか、思考遊びというか・・・
いや、伝達物質から見ると色々説明できそうに思うのですよ。
まず、脳幹の働きから。
橋網様体脊髄路と延髄網様体脊髄路が全身の姿勢調節の基本的な構造として存在しています。網様体脊髄路はどのように働くのかというと、基本的にはα運動ニューロンとγ運動ニューロンの働きに関与しています。ここでは、γ運動ニューロンに注目していきます。
どのように調節しているのかというと、Achと5-HT(セロトニン)の調整で姿勢筋緊張を促通するのか抑制するのかという大雑把な枠組みがあります。
図は高草木先生の講義の資料からです。
Control群と比較して、Serotonin(5-HT)が放出されると促通野が広がっていますが、Carbacholとはコリン系作動薬で、実験ではAchの代わりに用いられています。で、Carbacholが使われると抑制野が広がっているのが解ると思います。つまり促通野と抑制野は5-HTとAchで調整されていることになります。
この関係は相互抑制作用を持つことになります。5-HT優位であれば促通、Ach優位であれば抑制という具合です。
促通性網様体脊髄路の働きというのは、基本的には共収縮であると考えられています。共収縮とは、主動作筋/拮抗筋共に収縮している状態を指します。元々、主動作筋と拮抗筋の関係性は動いていない時を50%:50%とすると、最大にどちらかに振った状態でも54%:46%程度だったと記憶しています。通常は常に共収縮を起こしている状態で、皮質脊髄路が働くとその配分を調整する事になります。
これらの状態をγ系で調整しているのが促通性網様体脊髄路と言うことになります。
5-HTは縫線核群が関与して、Achは脚橋被蓋核(PPN) が関与しています。
縫線核群は前頭眼窩皮質・帯状回皮質・下辺縁皮質・島皮質・内側前頭前野からの投射を受けています。このことから、無意識下の快/不快を含む情動反応や、無意識下の意思決定などの情報が縫線核群の5-HTを放出させるきっかけになると推測できます。
一方、網様体を抑制性にコントロールしているPPNは基底核の投射を受けています。なんと最近では大脳基底核の一部として論議されることもあるそうです。
大脳基底核は、その基本的な働きが抑制です。
構造的にハイパー直接路・直接路・間接路に別れていて、それぞれの働きとしては、
1)ハイパー直接路:基底核出力の亢進
2)直接路:基底核出力の抑制
3)間接路;基底核出力の亢進
の3つです。ターゲットシステムは、これらによって、
1)抑制
2)促通
3)抑制
という時間的な出力制御を受けることになります。
(近年ではハイパー直接路が選択された情報以外の情報を強く抑制しているという話も出てきているようです。)
脳幹のPPN〜Achによる抑制性出力はこの投射によって調整されていると言うことになります。
さて、運動前皮質の基底核出力はループ構造で1次運動野に投射することで運動出力のトリガーになっていると言われています。
大脳基底核は視床を抑制していて、視床から一次運動野の投射が少なくなっているので運動が起きないのですが、高次運動野の基底核出力によって基底核−視床の抑制出力が弱まり、視床−一次運動野の出力が増加することで一次運動野は皮質脊髄路を通じて筋に出力情報を送ることが出来るのですね。
高次運動野~基底核の回路が損傷すると基底核はこの回路を働かせることが出来ませんので、適切な運動出力は起きなくなります。
同時に基底核は常にPPNを抑制し続けていてAchは減少します。
脳幹は5-HT優位になってしまうんですね。
つまり、ここでγ系は過剰な興奮をしていると言えるのでは無いかと推測します。
ここまでの仮説で、
1)低緊張であっても反射が亢進しているという状況
2)怖さや痛みなどの無意識下の情動が痙性の増強を招くこと
3)努力などの意識によっても痙性が増大すること
4)一次運動野の損傷では痙性が出ない
5)高次運動野の損傷で痙性が出現する
などが説明が出来るようになると思います。
その後、γ系の効果器であり入力器でもある、筋周膜内の筋紡錘は動きの乏しさによって起こる局所循環障害によって周膜を含むの結合組織の変性でさらに過敏になっていきます。
筋紡錘は固有受容感覚にとても重要なので、体性感覚は変化し、身体図式の混乱を招きます。
その混乱した情報は上縦束によって前頭葉に送られて運動と姿勢の混乱を招き、さらに不安定で固定的な姿勢/運動制御につながってしまい、痙性は育っていくという推測が出来ます。
そうすると、リハビリテーションによる治療では、PPNの抑制出力が増加することが必要ですから、如何に基底核からPPNに出力を送っていくのかと言うことになります。
そうすると、身体図式がきちんと生成されて、前頭葉に投射されることで多彩な運動プログラムが作られる(想起される)ことが大切で、それらの多彩なプログラムが基底核を駆動して選択された特定の運動出力〜選択運動が起きる状況に持って行く必要があります。
その際に基底核から脳幹のPPNへ調整のための出力が起きるからです。
(このことは、臨床的にも分離運動/選択運動が出来るようになると痙性が減少するという印象を裏付けることが出来ます。)
ですので、筋の性状を整え、身体図式をつくるのに適正な情報を脳に送ることと、環境−身体図式の関係性のなかで様々な姿勢をとりながらで運動情報の選択−出力経験をしていく経験をしていただくこと、そしてそれが快適である必要があると言うことになります。
以上が、私が伝達物質から考えた痙性のメカニズムです。
如何でしたでしょうか。
まだ足りないところとか誤っているところはあると思いますけれど、この先は皆さんがそれぞれに、また一緒に臨床と重ね合わせながら考える事が出来れば楽しいかも。
楽しんでいただけました?
(*^_^*)
<2022/06/16追記>
早速の追記です。(^_^;)
この記事を書こうと思ったのは、同じ人を診ている病院のセラピストとのやり取りからでした。
ボトックスを受けることになったのですが、自動的な姿勢制御や非意識的な随意運動を引き出すのが大事だよと言う話をしていて、その理由についてまとめて書いたらわかりやすいかと思ったのです。
ボトックスは神経筋接合部に働きかけてAch放出を抑えて筋出力を低下させます。この文字通り読むとα運動ニューロンで筋出力を阻害しているわけです。
私の理解では、脳損傷によって脳幹網様体で5-HTが優位に立ってしまうことからγ系を興奮させて痙性が出現するので、α運動ニューロンの接合部で筋出力を抑制してもそれは根本的な治療ではありません。効果をつくろうとすれば、その状態でγ系を適正に働かせて身体図式を改善させ、分離運動/選択運動を促通することで基底核-PPN投射を増強させて脳幹の中でAchを放出させることが重要となります。
ですので、ボトックスを打ったからと言って痙性が良くなると言い切れる物ではありません。そのあとのリハビリテーションが大切となってくると考えられるのです。
ついでに、腱延長術という手法もあったりするのですが、腱延長術もγ系に働きかけるわけではありません。異常になったγ系の発端は脳幹にあるわけですから、ボトックスと同様です。ただ、構造的に腱が長くなるので、ボトックスより可動性は増えることと思います。同時に、腱周囲の局所循環は手術によって悪くなることが予測されますので、腱紡錘の感覚は変化することが予測されます。ですので、腱紡錘と筋紡錘からの感覚を統合して固有受容核とする際の阻害因子となると推測されますので、より腱周囲の軟部組織に対する徒手的な介入が必要とされるであろうと思ったりします。
たぶん、そう言った印象を持って臨床をされておられる人は多いのでは無いかと思うのです。
<2022/06/18追記>
あ、今気付いたのですが、なぜ痙性が屈曲が強い場合や伸展が強い場合があるのかという説明は書いていませんでしたね。(^_^;)
高草木薫先生はパーキンソン症候群の筋強剛のメカニズムはやはり脳幹の問題と捉えられている様子だったと思います(私の印象ですよ)。ですのでたぶん、共収縮のメカニズムが破綻することが姿勢筋緊張の異常を引き起こしているという考え方、着想は良いと思うのです。(自分で言うのも何ですけれど(^_^;))
で、PDと何が違うのかと言うことになりますが、皮質脊髄路の存在が大きいのかも知れませんね。片麻痺だと姿勢によって痙性のパターンが変わることをしばしば見かけます。座っていれば手が伸びているのに立つと手が曲がるとか、普段曲がっているのに腹臥位でベッドの端から麻痺側の手を下ろしたら伸びてしまって今度は曲げにくいとか。
姿勢による影響はBodySchema情報が前頭葉に運ばれて選択される運動や姿勢の遺影用を受けているものと思われます。簡単に言ってしまえば脳幹の伝達物質のシステムが破綻していて、そこに脆弱なBodySchemaが前頭葉に運ばれて生成(選択)される姿勢運動プログラムが皮質脊髄路で運ばれてα運動ニューロンが出力することで修飾された形が独特のパターンを作り上げているのでは無いかと。今のところそう考えています。
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