中枢性疲労と皮質拡延性抑制
- Nagashima Kazuhiro
- 6月19日
- 読了時間: 10分
更新日:6月21日
臨床的な印象ですが、中枢性疲労(脳疲労)が長期にわたって見られることが比較的多いのではないかと思うのです。
例えば、受傷後もう10年を経過している頭部外傷の人で手の分離運動を促通していると、割とあくびが増えたりやら注意が散漫になったりとか、横になりたいという訴えをされたりとか。発症後5年を経過している方で、足部の感覚が中等度鈍麻している方の足部の感覚入力とそれに伴う分離、活動などを促通していると、みるみるボーッとしていったりなどなど。結構あるのです。
急性期では、こうした症状はもっと顕著に表れるのですが、結構時間を経過してもやはり特定の刺激に対しては疲労感を持たれる人が多い印象です。
それは一体どう言ったメカニズムが働いているのだろうと考えてしまうのですね。
以前私が考えていたのは、脳梗塞や脳出血などではそもそも血管の内径が全体的に細くなっておられる方もおられたり、出血による圧迫で局所的ではあっても、恒久的に小さな血管が機能不全を起こしていて局所循環が保たれないのではなどと推測していたのです。
もちろんそういった可能性はまだ残されているのだろうと思うのですが、また違った視点もあるかもしれないと考えるようになりました。
きっかけは、こうした質問をお茶の水女子大の毛内拡先生にお聞きした際に提示していただいたプレスリリースです。
読んでみると、ちょっと聞きなれない言葉がふたつ出ていました。(^^;;
グリアアセンブリ・皮質拡延性抑制という言葉です。
とりあえず、グリアアセンブリから調べてみたのですね。
グリアアセンブリという言葉で、ふと思い出すのがセルアセンブリです。アセンブリとは集合体を意味する単語です。
セルアセンブリというのは脳神経細胞が異なった情報を表現する際に、神経細胞の組み合わせで行っているという説です。
例えば、おばあちゃん細胞というお話が有名ですよね。人を認識する際、一人一人の特徴を捉えた細胞が1つあると考えると、赤ちゃんを知覚する赤ちゃん細胞とか、10代ぐらいの女性を知覚する若者女性細胞とか色々必要になりますよね。おばあちゃん細胞も、眼鏡をかけた白髪のおばあちゃん細胞とか・・・(^_^;)
こうした情報処理を想定すると、環境のさまざまな情報を知るためには、神経細胞がいくつあっても足らないわけです。
そこで、情報は神経細胞の組み合わせで表現されているのではないかという考え方がセルアセンブリの考え方です。組み合わせになれば有限の神経細胞でも、表現できる情報は爆発的に増えることになりますね。
上の図では、仮に(a)が「赤」という色の情報で、(b)が「青」という色の情報です。神経細胞の組み合わせで色という情報表現をしていることを示す模式図ですね。
ここで大切なのは、ある情報を表現しなくてはならない場合など、神経細胞は集合体で情報表現をしているということなのだろうと思います。
さて、グリアアセンブリ。
グリア細胞は、日本語名としては膠細胞と書きます。以前は脳の神経細胞を支えている細胞であるとか、それぞれの神経細胞を接着するものといったイメージで考えられていたのですね。
現在では、グリア細胞は神経伝達に関与していることがわかってきています。
以前は、シナプスといえばニューロンとニューロンの二者間で構成されているとされていましたが、現在では、ニューロンとニューロンと、そしてアストロサイトの三者間で構成されているということがわかってきているようです。

主なグリア細胞は、アストロサイト、オリゴデンドロサイト、ミクログリアと言われていますね。
アストロサイトなどは研究によって様々な働きを持つことから、もっと分類を細かく分けてもいいのではないかと言った論議もあるようです。
これらの働きは大雑把には言われているのですが、これらがどの様に脳の情報処理に対して機能しているのかというところではまだ解明されていない部分が多い様です。
そんな中、「多数のグリア細胞が集団として特定の機能を脳の領域毎に発揮する」というグリアアセンブリの概念が出来上がった様です。 (「グリアアセンブリによる脳機能の発現と制御の病態」より)
集団として特定の機能を発揮しているというのが多分重要な概念なのだろうと思います。
おそらく、このグリアアセンブリの機能が障害されると、脳の神経細胞が壊れていなくても神経伝達の障害につながるという事になるかと思います。
グリアアセンブリのお話はちょっとここで置いておきます。
次に、皮質拡延性抑制のお話に移りますね。
皮質拡延性抑制、聞きなれない言葉ですよね。
私だけ?💦
皮質拡延性抑制(cortical spreading depression:CSD)とは、電気生理学的活動亢進の波の後に抑制の波が続くものだそうです。
この現象がなぜ起きているのかという事について、ちょっとだけわかる範囲で説明を試みたいと思います。
間違っていたら教えていただけると嬉しいです。( ◠‿◠ )

神経細胞は細胞内にカリウムイオン(K+)を多く含んでいてナトリウムイオン(Na+)は少なく、細胞外の間質液にはナトリウムイオン(Na+) が多くてK+は少ない状態です。
細胞が刺激されると、ナトリウムイオンチャンネルが開いて、細胞内と細胞外のイオン濃度さから細胞外のNa+が神経細胞内に入ってきます。すると神経細胞内はプラスの電位になります。
その後カリウムチャンネルが開いて細胞内に多く含まれているK+が濃度の薄い細胞外に放出されることで神経細胞の電位は通常の状態に戻るわけです。
脳損傷などで神経細胞が破壊されると神経細胞内にあったK+が神経細胞外に放出される事になりますよね。
すると、通常状態より神経細胞外にK+が多い状態になってしまうわけです。
この時Na+はもともと細胞外に多い状態ですので、細胞が刺激されるとNa+は細胞内に入ってきて、細胞は興奮状態になります。
その後カリウムイオンチャンネルが開く事になりますが、この時細胞外には破壊された神経細胞の中からK+が放出されていて濃度が濃くなっているわけです。ですので、細胞内のK+は細胞外に放出することが起きにくい状態になりますので、十分にK+を放出できずに細胞は興奮したままになりますね。
それでも、わずかに放出されたK+は周辺の神経細胞外K+濃度をより高くしてしまうので、こうした反応は徐々に広がっていく事になります。
そして興奮は脳全体に広がる事になると思うのですが、興奮をなかなかおさめることができないので、エネルギーを消費した細胞は疲労し、極端な部位では神経細胞死を起こす事になるのだろうと思います。ペナンブラ領域などですね。
おそらくこの時には脳全体の神経細胞外成分のK+濃度が高くなっているので、それを排出する事にも時間がかかるでしょうし、残っている神経細胞も疲労してしまうので、情報伝達が困難な状態がしばらく続いて、少しずつ回復してくるのでしょう。
まぁ、こう言ったメカニズムがあるのではないかと推測するわけです。
おそらくこの状態が中枢性疲労(脳疲労)、あるいは最近ではブレインフォグ(脳の霧)と呼ばれる状況ではないかと思うのです。それは、こうした神経細胞外成分が適正ではないところほど強い症状を示すでしょうし、全体的にも疲労するわけですから、眠気や注意力散漫などが起きるであろうと考えても良さそうですよね。
細胞外成分の適正化にはグリアアセンブリの中でも、アストロサイトの働きの一つであるグリンファティックシステムに依存しているのではないかと思います。

ところで、このグリンファティックシステム、ノルアドレナリンがこのメカニズムの働きを抑制することがわかっています。
この「脳障害からの回復を促進するメカニズムを解明」というプレスリリースは、アドレナリン受容体遮断薬によって皮質拡延性抑制の程度が軽減したり、頻度が減少することが実験によって解ったという研究の報告のようです。
さて、中枢性疲労を起こす要因の一つがなんとなく理解できました。
ところで、急性期や亜急性期であればこの説明はしやすいのだろうと思います。
経過が数年に渡った脳損傷患者さんで、こうしたことが起きているのかどうかというのはまだ気になるところなのです。
例えば、数年経っても、脳の中の神経細胞外環境で、通常よりK+濃度が高いとかそういったデータがあった上で、その原因として、例えばグリアアセンブリの機能不全がアストロサイトによるグリンファティックシステムの構造的な問題が残存しやすいとか、そういったことが明確になると、慢性期においてもリハビリの前後でアドレナリン受容体遮断薬を使用することの是非がわかる様にもなったりするかもしれません。
そして、そうしたことが三者間シナプス上での働きに貢献すると言った様なお話になってくると、運動学習〜シナプス可塑性を促すための方法も明確になってくるかもしれないと言った期待感があります。
まだこれからの分野であろうとは思うのですけれど。
リハビリテーションの臨床場面から考えると、中枢性疲労がこのメカニズムで起きているとするのであれば、中枢性疲労を起こしている時は脳の情報処理が困難な状況にあると推測できますし、運動学習には不適切な神経細胞外環境にあるという事になりますので、休息をどの様にしていくのかと言ったことには配慮していく必要がありそうに思います。
グリンファティックシステムが働きやすい状態が睡眠時とも言われていますので、睡眠がきちんと取れておられない方とかに対しては、身体を動かすといったリハビリテーションだけではなくて、ベッド上環境で十分リラックスできてできるだけ適切な睡眠を提供できる、休息のための環境整備やそれを休息する環境をきちんと知覚して良質な睡眠を可能にする身体制御システム(自動的な寝返りなどを含む)をどうやって学習、獲得していただくのかといったこともとても大切なリハビリテーションの課題になるものと思います。
2025/06/21 追記
ふと思い出すことがありました。
以前急性期の病院に勤めていた時、その時は超早期リハビリテーションがもてはやされていた時期でした。
例えば昨夜夜半に発症した患者さんが今日の昼にはリハビリのオーダーが出るといった感じです。
イニシャルカンファレンスで、医師と画像所見を分析しながら損傷領域とかペナンブラ領域を画像から特定しつつ、運動機能などの状態を確認しながら大雑把な方針をたてたりするんですね。
その際介入すると、多くの患者さんは何かしらの動きを促通するのはできるんですね。例えば手の動きを引き出すとか。その動きがどこまで拡大するのかということを見ようとしていると、その動きは大抵の場合数分で再び動かなくなったりするのです。
次の日、アプローチすると昨日出た動きが出なかったりして、早期だったので症状が進行したのかなぁとか話しながらアプローチを行ってました。
そして、フォローのMRIを見て、ペナンブラ領域が脳梗塞として完成したねといった話になったりするのですね。結構な頻度でこうしたことはあった記憶があります。
今考えると、この時、この記事で紹介した皮質拡延性抑制のメカニズムがペナンブラ領域を脳梗塞として完成させるようなことをしてしまったのかもしれないという気がするのです。
もちろん、ペナンブラ領域の神経細胞死はそれ以外にも様々な要因〜例えば血圧の変化による局所循環の低下であるとか、交感神経系の興奮による血管収縮などで、血流が途絶えるなど〜が関係しているので、超早期にリハビリテーションを実施したことは小さな要因であるのかもしれないのですけれど。
現在は超早期リハビリテーションの考え方がどのようになっているのかは分かりませんが、ちょっと脳を休めるといった考え方もあってはいいのではないかと思うのです。
脳も、身体を構成する構造の一部ですよね。例えば骨折したら骨がくっつくのを待ちながら安定させつつ運動を処方するように、脳の状況を整えながらリハビリテーションの処方を考えていくような流れって、多分必要だと思うのです。
コメント