ミヤネ屋にて

更新日:1月7日

倉持医師が、皆保険制度の維持のためには、コロナ感染を0にしなくてはいけないという感じのことをおっしゃっていました。

新型コロナが拡大する中、報道において医療の崩壊が取り上げられてきていました。今までの風潮は医師、看護師の不足とか、ベッド数などの器の部分が足りなくなるといった感じでしたが、ここに来てやっと皆保険制度その物が崩壊する可能性を取り上げる事になったのでしょうか。

元々崩壊しかかっていた、或いは十分な医療を供給できる状況では無いという点では崩壊していた皆保険システムに言及され始めたのは現在の状況がかなりまずい状況に見えるということなのでしょう。

新型コロナは全体的な流れでいえば夏に少なく冬に多くなっているように見えます。油断は出来ないのでしょうけれど、春先に向けて感染者が減少するようであれば季節性のインフルエンザと同じような感じになっていくのかもしれません。

ワクチンは流通し始めるようですが、まだ治療薬が無いので感染者の死亡率はインフルエンザよりは高い感染症です。そういった意味では油断は禁物なのですけれど。


すでに昨年の4月に皆保険制度の崩壊についてここのブログに書いています。


追記です

1/7にとある人と会話をしていて気付きました。

皆保険制度が完全に崩壊するというのは、皆保険制度の仕組みであるお金の収入がある限り起きないですね。ただ、財源というしばり以上のものは(予算に入れることが)出来なくなるわけです。ですので例えばですけれど命を救う〜健康を維持するといった比較的重要と思われる部分を残しつつ、その他のところは支出を押さえるような形になっていくのだろうと推測するのです。

そして、その恩恵を受けることが出来る場面では国民皆保険は存続していくといえます。しかし、その他の部分では国民皆保険下で見る部分を削減していく事になるので、皆保険の恩恵が少なくなる、或いは消失していくこととなります。

消失した部分については国民皆保険制度が崩壊したといえるのかもしれません。

リハビリテーション医療については様々な側面があるとは思います。

私自身は、リハビリテーションとは経過の中に存在する医療であると考えているので、昭和の後期や平成の初めの頃に一つの病院で急性期から慢性期まで介入できる医療システムがあったにもかかわらず急性期から回復期、慢性期と時期別に分断されてきた経過は、リハビリテーション医療のシステムの一つの後退に見えています。専門に分化したといえば聞こえは良いのですが、急性期であればそのときに獲得或いは回復したと思われた機能が経時的にどのような変化をしたのかをきちんと捉えることが困難です。

異論はあるとは思います。様々な文書による連携がとれるシステムがあるでは無いかと言われたらあるのです。しかし人の関節や筋~皮膚に至る軟部組織や脳/脊髄といった中枢神経系などの可塑性など、まだわからないことがたくさんある現状でFIMやその他の評価/検査の数値は人の回復様式すべてのなかで、なにの回復が結果的に数値の変化になっているのかを十分表すものではありません。そうである以上、自分のしたことや予測したことがどうなったのかを確認するにはやはり自分の目で確認して臨床推論を立てるしか本質に近づく手立てはないものと思います。

そういった側面から見ればリハビリテーション医療は国民皆保険制度から少しずつ切り捨てられている印象を持ってしまうのです。

だから、私にとってみればリハビリテーション医療における国民皆保険制度は崩壊に向かっていると感じてしまうのです。国民皆保険下のリハビリテーション医療は、というべきかもしれないですね。

それが私のいっている崩壊という意味です。

もちろん各職能団体では頑張っているスタッフが数多くおられることを知っているので、簡単にリハビリテーション医療が崩壊してしまうとは思っていません。縮小する中でも様々な対応を考えて行かれることとは思うのではありますけれど。




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