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どのようなときに意識は生まれるのか



「意識は出しゃばりで、目立ちたがり。何でも自分の手柄にしたがる。」


ガザニガという脳科学者によれば、行為や運動に関わる意識と言われる情報は、脳の無意識下の情報処理によって行為や運動のプログラムが生成された後、その情報が左脳にいくことによって生成される物だと推測されます。


以前も紹介しましたが、1962年、コロンビア大学のスタンリー・シャクター/ジェリー・シンガーの実験を再度紹介しておきます。


1)被験者にエピネフリン(アドレナリン)を注入して、実験者たちが用意した人たちに引き合わせます。エピネフリンは交感神経系を活性化させますので、心拍数の増加・手の震え・顔の紅潮などの変化が起きます。

2)引き合わせる人たちは、幸せいっぱいの振る舞いか、腹を立てている振る舞いのどちらかを被験者たちに見せます。

3)被験者は、二つのグループに分けられます。ひとつはエピネフリンの効果について知らされているグループ。もう一つは知らされていないグループです。


エピネフリンを投与されて、交感神経が活性化し、心拍数が増加・手の震え・顔の紅潮などの変化が起きているときに、幸せいっぱいの人、もしくは、腹を立てている人を見ることになります。


エピネフリンの効果について知らされているグループは自律神経系が興奮している状態・動悸などの原因をエピネフリンのせいだと判断したそうです。

一方、エピネフリンの効果について知らされていないグループは、自律神経系の興奮について、幸せいっぱいの振る舞いを見た人は「幸せいっぱいの人を見て元気つけられた。」などと報告し、腹を立てている人を見た人は、「怒りがわいた。腹が立った。」などと報告をしたそうです。

これは、人という動物が何かしらの自分の変化が起きると、そのことについて理由をつけてしまうのだと言うことを示しています。


結果、シャクターとシンガーは1964年に「情動は、身体反応による生理的な喚起とその認知的な解釈の相互作用によって生じる。」と述べています。


似たようなお話に、「吊り橋理論(効果)」というのもありますよね。

1974年にダットンとアロンによって述べられた理論だそうです。

あ、余談ですが、一般的に知られているつり橋理論は恋愛に対するポジティブなイメージがあります。だけどそれは絶対的なものでは無いですよ。もともと相手が自分に対する好感度が高ければ恋愛に発展しやすいのかも知れませんが、相手がネガティブな印象を持っている場合には前述の通り脳の興奮をよりネガティブに強化する意識ー腹が立ったとかが出てくることが推測されますので、より嫌われちゃったりする可能性が大きいです。相手に、「こんな所連れてきやがってこんちくしょう。」と思われないように気を付けてくださいね!


さて、そうすると、意識というのは、脳が無意識下で選択した行為や運動のプログラムの結果、情報処理されてる副産物という言い方もできそうですよね。それなのに、あたかも意識がそういった行為や運動をさせているかのように偉そうにしているのです。


なんだか、うちの上司に似てるって思っておられる人もおられるかもしれませんね。そんなことを考えてはだめですよ!(^_^;)


さて、その意識というのは、やはり動物として利用価値が高いから今も残されている情報処理システムなのだろうと思うわけです。

必要なければ進化の過程の中で淘汰されてしまっているでしょうからね。

どういった場合に意識をするのかと言ったことを考えると、なぜ必要だったのかという答えに近づくことができるかもしれませんね。


私の考えを大雑把に言ってしまえば(そもそも大雑把にしか考えていないのではありますが)、慎重にしなければ行為や動作が成立しない場合、あるいは、特定の行為や動作が失敗した場合、そして、他の人からその行為の意味を問われたような場合などではないでしょうか。

ほかにもあるのでしょうけれど、パッと思いつくのはこれぐらい。

少なくとも、この3つのケースでは、行為や動作を意識するのではないでしょうか。

それにはどういった意味があるのでしょう?

その意味には、進化の過程で「意識」という情報処理が残ってきていることを考えると、生存や種族保存などを基盤においた社会適応のために有利であった理由が存在しているのではないかと推測します。


とすれば、私が最も可能性のあると考えているのは、一定の手順を運動記憶だけに残すのではなくて、エピソード記憶や意味記憶にも残すことで、将来に起こりうる似たような事象に対する対応ー脳の情報処理が成立しやすい状況を準備しているのではないかと思うのです。

また、それに付随して、その情報を、主に言語を用いて他人と共有することで集団としての問題解決能力を高くすると言った社会的な意味合いも存在しているだろうと思います。

あ、前回の記事の、「僕たちの失敗」は、自分自身同じ失敗をしないようにと言うことと、そういった失敗をしてしまう人が今後出ないようにといった無意識下の情報処理から記事にしてしまったのかもしれませんね。(^_^;)


この話題は、脳卒中の方の独特な運動制御へとつながる予定です。

予定はあくまで予定です。


(*´▽`*)

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