いんすぴゼミ_12月27日


今までの話の流れの紹介から(相変わらず毛内先生のまとめは内容が整理されていて次に入りやすい・・・)

「人間とはなにか」ということを考えて行く中で、意識というのは中核意識と延長意識に分けてとらえた方が良いという事になって、中核意識とは寝ているとか起きているといった覚醒のことを中心に言っていて、延長意識は物事を決定するとかそういった事をする意識を指します。

延長意識には自己意識やメタ自己意識を含んでいて、どうやらここの制御は解剖学的にも人間特有の物らしいと言うことになってきているようです。そして、その延長意識の理解のためのキーワードは注意。注意にはボトムアップの物とボトムダウンの物があり、環境によって使用される注意は異なります。

左右の大脳半球の役割は違っていて、左脳はカオスから秩序を生み出します。その秩序は正確か否かは関係なく、左脳に入ってきた情報から仮説を立てていく働きを持っているようです。右脳は環境から入力された情報を正確に処理しているようです。(分離脳の研究から)

どうやら、情報が左脳(とくに言語野)に行き着くことで、左脳の解釈装置が自己意識やメタ自己意識を生成しているのでは無いかという話になってきている様子。


ただ、個人的にここでちょっと不思議なのは左脳損傷で言語に関わる領域が広範に損傷して内言語を失った場合、延長意識はどうなるのかといった疑問が・・・延長意識に関わる研究は言語による表出が結構必要そうに思うので、失語の方の意識を研究するのは大変そうな気がします。

さて今回は「ふたつの脳半球からひとつの意識が生まれるわけ」と言う章に入っていきます。

左脳の解釈装置は今までの章でも、知的な活動に必要だけど知ったかぶりで何でもかんでも、正しくても間違っていてもつじつまを合わせてくると言う感じで表現されていたのです。今回それに関して面白い実験が紹介されていました。被験者にエピネフリン(アドレナリン)を投与します。交感神経系は賦活し、心拍数が上がったり手が震えたり頬が紅潮したりします。その後、被験者は実験者たちが用意した人に合わせられます。その人は幸せいっぱいの振る舞いか、腹を立てている振る舞いのいずれかをみせます。エピネフリンの効果を知らされていた被検者は心拍数が上がったり手が震えたり頬が紅潮したりと言った症状をエピネフリンの所為にしたそうです。そして、効果について知らされていない被検者は自律神経が興奮した原因を他の所為にしたそうです。「幸せいっぱいのひとにあってげんきをもらった」「イライラしている人を見て怒りがわいた」。

どうやら人というのは、自律神経系の興奮に対して正しかろうが誤っていようが何かしらの説明をしてしまうようです。しかも強力に。

この解釈をつけているのは左脳の解釈装置というわけです。

つまり、二つの半球の情報は左脳の解釈装置によってひとつの意識を作り上げていると解釈を受けていると言うことになるのですね。

ここまでは予想通り。


たしか毛内先生、こんな風な理解をしていくと、人はもっと幸せになるのかもしれないですとおっしゃってました。

ま、確かに。あの人が怒っているのはご飯を食べ損ねて血糖値が下がっているのかもしれないとか。より本質的な理解に近づけるかも。

本分より引用します。

「左半球の解釈装置は理屈をつけて知覚情報を理解可能な全体像に取り込む」


これを前提に左無視の人のことを考えて行きます。

視覚のことも書いてありましたが、無視された左手のお話しが面白かったので紹介しておきます。左無視の人の左手って無視されていますよね。臨床的にも、左手に触れて「これは誰の手ですか?」と聞いた際に「先生の手」とか言われたりすることも経験があります。

頭頂間溝野/上頭頂小葉などのネットワークは三次元空間での上肢の位置に関する情報を常に求めていて、同時に他のあらゆる物との関係の中で腕のあり方をモニターしています。ここになんの情報も入ってこなくなったとすると、脳は何かおかしいと連絡します。「入力が全くない!左手はどこにある?なにも感じないぞ!」。

しかし、この部位が壊れると、このモニター機能が無くなります。つまり脳の中で左半身を知り、動きを把握する領域がないのです。