いんすぴゼミ_「人間とはなにか」最終回

2/14とうとう終わりました。

この本は、脳の働きを見て、動物やAIなどと比較することで人間に特有のものとはいったい何かと言うことを探ることで人間の本質に迫ろうという試みであったのだと思います。

その中で解ってきたことのひとつは、動物であっても中核意識というものを持っていると言うことです。中核意識とは医療従事者の言う「覚醒」の状態と、環境のなかで「今」、「ここ」に自身が存在しているという状態です。

そして、人はその中核意識とともに延長意識と言うものを持っているようだということも解りました。延長意識とは自伝的記憶に基づく自己意識の事で、自身がかつて何をどのようにしてきたかという記憶の連続性の先に、現在ここに存在しているという意識、そしてそれは記憶に基づき未来の予測を可能にするものです。

この延長意識は人間に特有、もしくは人は動物と比較して最も発達した延長意識を持っているといえそうです。

一方現在のコンピューターはAI等が発達してきています。まだ汎用性の高いものは少ないようですが、チェスのAI等を見てみると膨大な局面の記憶(記録)から相手の手に応じて局面を予測し最適な手を選択する様なことをしていますので、限局した環境課であれば予測的な情報処理をしていると言っても良いようです。

では、コンピューターが延長意識を持っているのかと言うことになるとやはり少し違うようです。

延長意識がなぜ必用かと言うことを考えてみると、やはり動物として環境への適応性を高めるために延長意識を持っているという風に考えるのが正しそうです。生存・繁殖といった事が環境のなかで最も行いやすい行動様式を選択するために延長意識を持っていると考えると、AIにはそう言った根本的な生存や繁殖と言った動物としての本能が存在していないわけです。

また、人の脳の情報処理の特徴として情報が一方に流れていくだけではないことがわかっています。例えば視覚野というのは1次視覚野から、2〜5次(6や7野まであるという話もあります)視覚野という高次視覚野を介して側頭葉のIT野に届くと物品を知覚できるわけですが、同時にIT野は1次視覚野に向けて投射しています。これは一度知覚したものを予測的に低次視覚野に送ることで低次視覚野の情報処理を素速くしていくような働きを持ちます。これによって知覚が素速く行われるようになっていくわけですが、少なくとも現在のコンピューターはそう言った情報処理は出来なさそうです。

さらに、ヒトの脳はグリア細胞などの神経細胞外環境の作用によって接続を強めたり変えたりすることも可能です。

そう言った脳の機能を持って延長意識を刻々と経験によって変化させていくわけですから現在のコンピューターでは延長意識に至るのは難しそうです。

では、その延長意識と言うのはどのように脳の中で生成されるのかという点においては、おそらく右脳で行われる無意識下の環境知覚や行動選択といった情報処理と結果出力された行動や行為に対して左脳の解釈装置としての役割が、すでに右脳で決定されて実施された行為や行動の理由付けを行って「意識」となっていくプロセスで記憶、生成されていくものなのでしょう。

左脳は行った行為や行動に、正しいか間違っているかは関係なく、筋道が通った論理性を与えていきます。その一定の論理性を持った記憶が蓄積して自伝的自己となり延長意識を形成していくことになります。その延長意識をもちいて、現在の環境のなかでどのように行為や行動を選択すると将来的な環境的大生を適正にするのかと言った予測を直観的な右脳と論理的な左脳のなかで無意識下、或いは一部意識下で選択していくことで環境に適応するのが人間であるといえるのかも知れないと考えました。

さて、リハビリにおいてこのガザニガの書いた「人間とはなにか」という本を読んだことがどのように関わってくるのかと言うことです。

ガザニガの考えを元にするのであれば、やはり運動は無意識下の選択によると考えた方が良さそうです。例えば片麻痺の人で麻痺した手を挙げようとした際に肩甲骨の挙上や体幹の側屈を最初に起こしてしまうとか、歩くときに麻痺した足で体重を支えようとしたときに骨盤を後ろに引いて膝を伸展させて体重を支えたりすると言うのは学習された無意識下の運動選択だと考えることが出来ます。なぜそう言った運動パターンを選択しているかと言えば、外的な重力環境に対して、身体内環境情報がそう言った運動しか選択できないと無意識下で判断している可能性があるのだと思うのです。

それらの運動の選択を変化させて違う運動を選択していただくためには、それが可能になるような感覚が先行して脳に届けられなければいけないのでは無いかと思います。

口頭指示だけでは難しさがあるのはこういったことが関連しているのではないかと。

ただ、延長意識につながるようにしなければ学習されて汎化される運動選択にはならないため、ここでは左脳の論理性を手伝う必要がある様に思います。きちんとなぜ運動がしやすくなったのかとか、そういった事に気付いてもらったり必用であれば解説したりそう言った事は必用なのでしょう。

多くの運動選択や行動選択が無意識下で行われていて、左脳による解釈装置が後付けで理屈をつけてくるのだというガザニガの説は、臨床的にも理解しやすいのではないでしょうか?

最後は感想となりました。

リハビリに関わる皆さん、一度読んでみると面白いかも知れません。


いんすぴゼミ、来年度も新しい本で行われるようです。できるだけ調整して参加させていただける様にしたいと思っています。




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